ヒザラガイの歯には鉄がある?磁鉄鉱の歯ができるまで

海岸の岩場などにいるヒザラガイの仲間。その口の中の歯には、鉄の鉱物である磁鉄鉱が含まれています。なぜ歯に鉄があり、どうやってその歯ができるのでしょうか。

ヒザラガイの仲間は、歯舌という帯の上に並ぶたくさんの歯で、岩の上の藻などを削り取って食べます。その歯の先(歯冠部)に、酸化鉄の一種である磁鉄鉱が沈着しています。岩を削れば歯は擦り減りますが、後ろで新しい歯が次々に作られ、前へ送られます。歯ができる途中で鉄がどのように運ばれ、鉱物に変わっていくのかも、研究で少しずつ分かってきました。磁鉄鉱の歯のつくりとでき方を、SOLBOY DIVE CENTERが研究機関の発表と論文から解説します。

歯舌に並ぶ、鉄を含んだ歯

岡山大学と科学技術振興機構の2025年の発表によると、ヒザラガイは軟体動物門の多板綱に属する生き物の総称で、全世界で約1000種、国内で約100種が知られています。「ヒザラガイ」は、日本の磯で見られる Acanthopleura japonica という1種の和名としても使われます。

研究者による2017年の解説によると、ヒザラガイの仲間の歯は、リボンのような膜の上に70列以上並び、この組織を歯舌と呼びます。個々の歯の歯冠部に磁鉄鉱が沈着しています。食べるときに使うのは歯舌の前の数列の歯だけで、歯が擦り減ると、後ろで新しく作られた歯が前へ押し出されて入れ替わります。2021年の論文は、ヒザラガイが生涯を通じて新しい歯を作り、数日で新しい列を作ると紹介しています。そのために食べ物から鉄を取り込み続け、体液に高い濃度の鉄を巡らせています。

生き物がつくる磁鉄鉱は、1962年にヒザラガイの歯で世界で初めて報告されました。磁鉄鉱は、ふつうは火成岩の成分として環境中にある磁性の鉱物です。

歯全体が鉄ではない

ただし、歯全体が磁鉄鉱でできているわけではありません。Acanthopleura echinata を調べた2005年の研究では、主な歯は、後ろ側の磁鉄鉱の層、そのすぐ前の鱗鉄鉱の薄い帯、芯と前側のアパタイトという、3つの鉱物の帯でできていました。日本のヒザラガイ A. japonica の歯冠部からも、磁鉄鉱のほかに針鉄鉱や鱗鉄鉱、ハイドロキシアパタイトなどが見つかっています。

2022年の論文によると、磁鉄鉱の配置は仲間によって違うようで、Chiton 属や Acanthopleura 属では歯冠の後ろ側が磁鉄鉱、前側がアパタイトですが、オオバンヒザラガイ Cryptochiton stelleri などでは磁鉄鉱が前後の両面を覆います。オオバンヒザラガイでは、歯冠の下の柄の上部も、生き物の鉱物としては知られていなかった鉄を含む別の鉱物でできていて、柔らかい膜と硬い歯の頭をなだらかにつないでいました。約940種いる多板綱のうち、歯の鉱物と硬さが調べられたのは約20種にとどまります。

透明な歯から、赤茶色、そして黒へ

歯は、どうやって鉄の歯になるのでしょうか。2017年の解説によると、歯の形成では、まずα-キチンを主な成分とする土台ができます。この段階では鉄はほとんど沈着しておらず、有機物の透明な構造です。その後、酸化鉄が沈着して赤茶色になり、さらに結晶化が進むと、黒い磁鉄鉱の歯になります。

オオバンヒザラガイを調べた2019年の論文によると、最初の8〜12列の歯には鉱物の沈着がありません。続く2〜5列の歯は赤茶色で、結晶になりきっていない酸化鉄(フェリハイドライト)で部分的に鉱物化しています。その後の列では歯冠が黒くなり、フェリハイドライトから磁鉄鉱に変わっていきます。2014年の研究も、歯の形成は、有機物の足場の中で不安定なフェリハイドライトが磁鉄鉱のもととして沈殿することにかかっているとしています。

鉄が最初にどこに付くかも調べられています。日本のヒザラガイを調べた研究によると、鉄はまず歯冠と歯の付け根の境目に、その後歯冠の前の縁に沈着します。Cryptoplax striata を調べた1996年の研究でも、最初に鉱物ができるのは歯冠と付け根の境目で、最初に沈着する元素は鉄、次がリン、次がカルシウムでした。

鉄を運び、並べるタンパク質

鉄は体のどこから歯へ届くのでしょうか。2019年の論文は、鉱物化していない歯の部分で、鉄をためるタンパク質フェリチンの遺伝子が特によく働いていることを示しました。2009年の研究は、Acanthopleura hirtosa などの歯の柄の管に、フェリチンに特徴的な鉄の多い粒子を含む組織があることを報告しています。ただし、フェリチンで運ばれた鉄が歯冠に沈着するという考えは、2024年に公開された査読前の論文でも、仮説として示されている段階です。

岡山大学などの研究グループは、瀬戸内海で採集した3種のヒザラガイ類などの歯舌の遺伝子を調べ、ヒザラガイ類にしかない新しいタンパク質を見つけて、RTMP1と名付けました。2025年の発表によると、RTMP1は、酸化鉄が沈着し始める1つ前の歯で最も多く作られていました。試験管の中でRTMP1をキチンの繊維に結合させて鉄の溶液に浸すと、キチンの繊維の上に酸化鉄の粒子ができました。RTMP1は歯を覆う細長い細胞から分泌され、細胞の細い突起(微絨毛)を通って歯の中へ運ばれることも分かりました。この成果は2025年に学術誌に発表され、ヒザラガイ類だけがもつRTMP1が、歯の形成の初期に酸化鉄の沈着を制御するとまとめられています。

とても硬く、すり減りにくい歯

こうしてできた歯は、とても硬くなります。2017年の解説によると、2010年の研究の硬さの測定から、オオバンヒザラガイの完全に鉱物化した歯は、生き物がつくる鉱物の中で最も高い硬さと剛性をもつことが示されました。2022年の論文が紹介する測定値では、オオバンヒザラガイの成熟した歯の前の縁の硬さは10.2〜10.4GPaでした。

ただし、硬さは歯の部分や測り方によって大きく変わります。2022年の論文によると、湿った状態の歯は、乾いた状態より硬さが15%低いと報告されています。日本の解説とプレスリリースは、耐摩耗性が歯科材料や研磨材に使われるジルコニアを超えると紹介しています。

よくある質問

ヒザラガイの歯は、全部が鉄でできているのですか?

いいえ。磁鉄鉱があるのは主に歯冠部で、種によっては後ろ側だけが磁鉄鉱、芯や前側はアパタイトでできています。配置は仲間によって違い、調べられた種もまだ一部です。

歯は擦り減らないのですか?

擦り減りますが、食べるのに使うのは前の数列の歯だけで、擦り減ると後ろで作られた新しい歯が前へ押し出されます。ヒザラガイは生涯を通じて新しい歯を作り続けます。

鉄はどうやって歯に付くのですか?

透明なキチンの土台に、まず結晶になりきっていない酸化鉄が沈着して赤茶色になり、それが黒い磁鉄鉱に変わります。日本の研究グループは、ヒザラガイ類だけがもつタンパク質RTMP1が、この酸化鉄の沈着を制御することを報告しています。

まとめ

ヒザラガイの仲間は、歯舌に並ぶ歯の歯冠部に磁鉄鉱を沈着させ、岩の上の藻などを削り取って食べます。歯は透明なキチンの土台から、赤茶色の酸化鉄の段階を経て、黒い磁鉄鉱の歯になり、擦り減ると新しい歯に入れ替わります。

鉄の運搬への関与が考えられているフェリチンや、酸化鉄の沈着を制御するRTMP1など、歯づくりのしくみが少しずつ分かってきました。ただし、鉱物の配置や硬さは種や部位で違い、調べられた種はまだ多くありません。