サメやエイ、ウミガメの体にぴたりと張り付いて、一緒に海を移動していく魚がいます。コバンザメの仲間です。頭の上にある小判のようなしま模様の楕円で、どうやって相手にくっついているのでしょうか。
研究からは、吸い付く力と引っかかる力の両方を使っていることが分かってきました。この吸着盤(日本の資料では「吸盤」)は、背びれが変化してできた器官です。柔らかい縁を相手に押し当てて内側の板状のひだを立てると、吸着盤の下がまわりの水より低い圧力になって吸い付き、同時にひだに並ぶ小さなとげが相手の表面の細かな凹凸に引っかかって摩擦を生みます。離れるときは、コバンザメ自身がひだを倒し、縁をめくって密着を解きます。
この吸着盤がどのような仕組みで働くのかを、SOLBOY DIVE CENTERが研究をもとに解説します。紹介する研究は飼育下のコバンザメや化石、ほかの海域での記録などを調べたもので、マクタン周辺を調べたものではありません。
名前はサメでも、サメの仲間ではない
岩手県水産技術センター(岩手県の公的な水産試験研究機関)や京都大学白浜水族館(京都大学の臨海実験所に附属する水族館)の解説によると、コバンザメの仲間は名前に「サメ」と付きますが、軟骨魚類のサメとは別の硬骨魚類です。日本の資料ではスズキ目とされていますが、別の目に置く分類体系もあり、目の名前は資料によって異なります。
なお、「コバンザメ」は Echeneis naucrates という1種の和名で、コバンザメ科は3属8種からなります(2019年の研究)。この記事では、1種を指すときは「コバンザメ」、科全体を指すときは「コバンザメ類」と書き分けます。
吸着盤は、背びれが形を変えたもの
吸着盤が背びれの変化したものであることは、稚魚の発生と化石の研究が支えています。ロンドン自然史博物館の研究者を第一著者とする2012年の論文は、コバンザメ類の骨格ができていく過程をほかの魚(Morone 属)の背びれの発生と比べ、吸着盤の板状のひだは背びれのとげ(棘条)に相当すると結論しました。ひだの主な部分は、とげの根元近くが左右に張り出してでき、その後ろの縁に小さなとげが並んでいきます。
稚魚の背中に現れ、頭の先へ移っていく
1976年に日本で発表された研究は、大分生態水族館の水槽で産卵された卵からコバンザメを育てて観察しました。ふ化後9日目に胸びれの付け根の上方の背中に細長い板状の盛り上がりが現れ、14日目には吸盤が完成し、20〜27日目に上あごの先まで前へ移りました。同じ水族館の1987年の報告では、成長の早い一部の稚魚が、ふ化後35日で水槽の壁やパイプにくっつき始めています。日数は飼育下での記録で、個体によっても違い、海で育つ稚魚にそのまま当てはまるものではありません。
化石に残る、胴の位置の吸着盤
オックスフォード大学の研究者を責任著者とする2013年の論文で報告された Opisthomyzon は、スイスの約3000万年前の地層から見つかった、現生種のグループの外側に位置する初期のコバンザメ類です。この化石では吸着盤が頭骨より後ろにあり、長さは標準体長の10%強と短く、ひだは6枚ほどで左右に分かれておらず、後ろの縁のとげもありませんでした。研究チームは系統解析をもとに、吸着盤はまず頭より後ろで生じ、のちに頭の上へ移ってひだが左右に分かれ、とげが発達し、数も増えたと解釈しています。ただし、1つの化石の属にもとづく大まかな推定で、著者らは、成長の順序を進化の順序の代わりとして読むことはできないとも述べています。
板状のひだと、後ろ向きの小さなとげ
できあがった吸着盤には、左右対になった板状のひだ(板状体)が並んでいます。ひだの数は種や個体、成長の段階によって違い、オーストラリア博物館(Australian Museum)の解説では、コバンザメで18〜28枚とされています。Echeneis 属の2種を解剖した2006年の研究によると、吸着盤の筋肉がこのひだを立てたり倒したりし、ひだには後ろ向きの小さなとげが2〜4列並んでいます。ひだの外側は厚い上皮でできた肉質の縁がぐるりと囲み、この縁が吸引のための密閉をつくります(2017年の論文。ガラスに付いた飼育下のコバンザメの写真による説明)。
吸い付く力と、引っかかる力の両方で付く
先行研究をまとめた2020年の論文によると、肉質の縁を相手の表面に押し当てたままひだを回転させると、吸着盤の下の空間がまわりの水より低い圧力になり、吸引力が生まれます。中を真空にするのではなく、まわりより圧力の低い空間をつくる仕組みです。同時に、ひだの小さなとげが相手の表面の細かな凹凸に引っかかって摩擦が生まれます。この摩擦力は、泳ぐ相手に付いているときに受けるずれの力の約10倍と計算されていますが、海で測った値ではありません。
Echeneis 属の2種を使った2006年の実験では、尾の付け根を後ろへ引いて泳ぐ相手の抵抗に見立てると、なめらかなアクリル板の上で、吸着盤の中の圧力がまわりより平均92.7 kPa(kPaは圧力の単位)低くなりました。サメの皮の上では、とげによる摩擦が増えて圧力の差は最大でも46.6 kPaでしたが、引きはがすにはアクリル板(11.2 N)より大きな力(17.4 N。Nは力の単位)が必要でした。2019年の別の論文はこの測定を死後の標本によるものと紹介しており、生きた魚が自分で調節する働きは含まれていない可能性があります。
2015年の研究も、とげの形と相手の表面の凹凸から作った摩擦のモデルを引きはがし実験と比べ、サメ肌のようなざらざらした面では主にとげが摩擦を高めていると示唆しています。
すき間をふさぐ、柔らかい縁
先ほどの2020年の論文は、摩擦が吸引より一桁大きいことから、コバンザメが吸着盤を動かして調節していない状態で吸着が外れるとすれば、吸着盤と相手のすき間から水がしみ込んで吸引が失われることによる、という仮説を紹介しています。そこで鍵になるのが縁です。
同じ論文の研究チームが飼育下のコバンザメ3個体を調べたところ、縁はコラーゲン、脂肪、弾性組織の層でできていて、1個体から切り出した組織は、ゲルや柔らかいポリマーフォーム(樹脂の発泡体)に近い柔らかさでした。著者らは、この縁が表面の凹凸に沿って変形してすき間をふさぐと解釈し、各層が密閉の中で特定の役割を持つと仮説を立てています。
著者らはまた、吸着盤の下で新しく見つけた筋肉を、ホースを締める金具にちなんで「ジュビリー筋」と名づけ、縮むと静脈を締めつけて縁から戻る血液を止め、縁をふくらませて相手の面に密着させると考えています。ただし解剖からの推定で、生きた魚で血流や圧力は測られていません。
ほかにも、コバンザメを調べた研究から、吸着盤の真下を通る太い静脈が吸着中に各部屋の圧力をそろえる可能性(2017年)や、縁の中に、ほかの動物で触覚やずれの力に反応することが知られる受容器に似た構造があること(2020年)が報告されていますが、どちらも働きは位置や形からの推定です。
離れるときは、コバンザメ自身が縁をめくる
コバンザメ類は、付くだけでなく自分で離れることもできます。2020年の研究が生きたコバンザメを高速度カメラで撮影したところ、離れる動作は240ミリ秒(0.24秒)以内で済むこともある速い行動で、次の3段階に分けられました。
- ひだを倒し、柔らかい縁をめくる
- 吸着盤を持ち上げる
- 完全に離れる
同じ研究で作られた吸着盤のロボット模型では、柔らかい縁をめくって密閉を破ると、真上に引きはがすのに必要な力が最大で94分の1まで下がりました(模型での値です)。縁の組織を調べた2020年の論文も、縁に付く筋肉は密閉そのものではなく、相手から離れるときに重要だろうと考えています。
泳ぐ相手から振り落とされないのか
2016年の研究は、コバンザメの体の形をもとに付いているときに受ける水の抵抗を計算し、相手が速く泳いでも抵抗だけではがれる可能性は低いとしました(サメに付いた場合の想定)。大西洋のアゾレス諸島沖では、2020年にジンベエザメ1個体に付けたカメラが、水深1460 mでも胸びれに付いたままのナガコバンをとらえています。
ただし、どんな状況でもはがれないとまでは言えません。回転ジャンプするハシナガイルカを想定した2007年の数理モデルでは、遠心力がコバンザメ類を尾の側から引きはがす向きに働くと計算されています(実際の場面を測ったものではありません)。一方、ハワイ島沖のハシナガイルカを調べた2014年のデューク大学の修士課程の研究(査読付きの論文ではありません)では、回転ジャンプからコバンザメ類が付いているかどうかを統計的に予測することはできず、イルカが外すために回転しているのかは、はっきりしていません。
どんな相手の、どこに付くのか
2017年の論文は、コバンザメ類が付く相手として、サメ、エイ、クジラ、イルカ、カジキ、ウミガメ、ダイバー、船などを挙げています。ただし日本の研究者は、種ごとに付く相手(宿主)はほぼ決まっていて、ナガコバンはサメ類、ヒシコバンはカジキ類、オオコバンは鯨類に付くと整理しています。1979年にハワイ近海のマグロはえ縄でとれた魚を調べた研究では、ナガコバン318尾のうち310尾がサメ類に付いていた一方、ウミガメやはえ縄の浮きなどに付いていたものもわずかにいました。
相手の体のどこに付くかは、研究によって結論が分かれます。シロナガスクジラに付けたカメラの映像を解析した2020年の研究では、コバンザメ類は流れが体からはがれる場所や体表の構造の後ろに好んで付いていて、そこでは受ける抵抗が、まわりの流れの中にいる場合より最大71〜84%減ると計算されました。一方、コバンザメの形を使った2016年の計算は、水の流れの面から有利な場所を選んで付くという仮説を支持していません。
相手との関係は、研究によって見方が違う
サメとコバンザメ類の関係を論じた2024年の論考によると、コバンザメ類の側は、相手の皮膚の寄生虫を食べたり移動のコストを下げたりして利益を得ているようです。一方、付かれる相手にとっての意味は、研究によって見方が違います。モルディブのマンタ類を調べた2021年の論文は、関係は一般に相利共生と考えられていると紹介しつつ、その性質は相利共生・片利共生・寄生の連続体の上で変わり、吸着盤による傷あとなど相手に負担がある可能性も指摘しています。化石の論文はコバンザメ類を「片利共生者」と呼び、ウミガメとの関係は通常、便乗の例とみなされています(2006年の論文)。2016年の流体の論文は、相手を食べるわけではないものの、余分な泳ぐ力を使わせる意味では寄生者だとしています。
負担を示す数値は、全長40 cmのコバンザメ類1尾で体長300 cmのイトマキエイ類の移動コストが2〜4%増えうるという推定や、イルカの一種 Sousa chinensis でコバンザメの吸着による打撲のような傷が見られた1例の報告など、推定や少数の記録にとどまります。2024年の論考は、サメとコバンザメ類の利益の差し引きは場所や時期によって相利共生と寄生の間を行き来すると整理しています。お互いに得をする関係とひとくくりにはできず、相手や状況によって変わると考えられています。
体のつくりから、海の生き物に興味を広げる
背びれが吸着盤に変わったコバンザメ類のように、体のつくりから生き物の暮らしを考えるのも、海を知る楽しみ方のひとつです。セブの海の生き物は海の生き物の紹介ページで取り上げています。体験ダイビングとファンダイビングの内容はそれぞれのページでご案内しており、参加について知りたいことはLINEでご相談ください。
よくある質問
コバンザメはサメの仲間ですか?
いいえ。名前に「サメ」と付きますが硬骨魚類で、軟骨魚類のサメとは別のグループです。どの目に分類するかは、資料によって異なります。
吸着盤の中は真空になっているのですか?
真空ではありません。まわりの水より圧力の低い空間をつくって吸い付き、同時にひだの小さなとげの摩擦でも支えています。Echeneis 属2種を後ろへ引いた実験では、サメの皮の上は吸引の圧力の差がアクリル板より小さかった一方、はがすにはより大きな力が必要でした。
コバンザメは自分で離れられるのですか?
はい。生きたコバンザメを撮影した研究では、ひだを倒して縁をめくり、吸着盤を持ち上げて離れる動作が、240ミリ秒以内で済むこともありました。
付かれた相手にとって、コバンザメ類は迷惑な存在なのですか?
研究によって見方が分かれます。寄生虫を食べることから相利共生と考えられてきた一方、余分な泳ぐ力を使わせたり、吸着盤で傷を残したりする面も指摘されています。負担の大きさを示す数値は推定や少数の記録にとどまり、ひとことでは言い切れません。
まとめ
コバンザメ類の頭の吸着盤は、背びれが変化してできた器官です。柔らかい縁で密着をつくり、ひだを立てて圧力を下げる吸引と、ひだの小さなとげが表面の凹凸に引っかかる摩擦の両方で付いています。離れるときの、ひだを倒して縁をめくる動作も、コバンザメで記録されています。
一方で、吸着盤の下の筋肉や頭の静脈、縁の受容器の働きはまだ仮説の段階にあり、体のどこに付くのか、相手とどんな関係にあるのかも、研究によって見方が分かれています。サメの名を持つこの硬骨魚の吸着盤には、確かめられていない部分も残っています。