海底の砂地に、直径2mほどの円い模様が描かれている。まわりには放射状の溝が並び、中央には細かい砂の模様があります。この不思議な円を作るのは、小さなフグです。
円の作り手は、奄美大島の海で見つかったアマミホシゾラフグのオスです。オスは7〜9日かけて、胸びれやしりびれ、尾びれ、体を使って砂を掘り、円形の産卵の巣を作ります。完成した巣をメスが訪れ、中央で産卵します。ただし、なぜこの形なのか、メスが巣のどこを見ているのかは、まだ仮説の段階です。円ができるまでの道のりを、SOLBOY DIVE CENTERが論文と博物館の解説からたどってみます。
奄美大島の海底で見つかった円
2013年の論文によると、直径約2mの幾何学的な円形の構造物は、1995年に奄美大島南部近くの海底で見つかりました。2011年になって、全長約120mmの小型のフグのオスが、海底でこの円形の構造を作っているのが初めて確認されました。このフグは、国立科学博物館名誉研究員の松浦啓一さんが2014年に新種 Torquigener albomaculosus として記載し、アマミホシゾラフグと名づけました。「アマミ」は奄美大島、「ホシゾラフグ」は体の白い点を奄美大島の夜空の星々にたとえた名前です。
研究は、奄美大島南岸の清水(水深23〜28m)と嘉鉄(水深18〜23m)の砂底に観察区を設けて行われました。2012年の集中調査の期間の水温は24〜27℃でした。2022年の横須賀市博物館研究報告に載った報告は、オスが水深13〜28mの海底に直径2mもある円形の産卵巣を作ると、それまでの報告をまとめています。
ひれと体で、外から内へ掘る
2013年の論文によると、オスは直線的に泳ぎながら、胸びれ・しりびれ・尾びれを使って砂底に谷を掘りました。写真の説明では、オスはひれと体を使って谷を掘っています。オスは円の外側から内側へ、さまざまな角度で放射方向に泳ぎ、放射状に並ぶ山と谷を作りました。中央部ではランダムな方向に泳いで砂をかき混ぜ、平らな部分を作りました。
大きさを測った6例では、円の半径は79〜105cm、最終的な中央部の半径は31〜50cmでした。山と谷の対の数は、10例で24〜32でした。完成までには7〜9日かかりました。
2018年の論文は、巣作りの始めに、フグが腹を砂底に押しつけて中心の印をつけると書いています。構築中は、外側から内側へ向かって溝を繰り返し掘ります。掘り始めはふつう低い位置からで、まっすぐ掘り進みます。巣作り全体の掘削の回数は、約1万回と見積もられています。
仕上げは、中央の模様と飾り
巣作りの最後の段階で、オスは中央部の底でしりびれをはばたかせ、細かい砂の粒で不規則な模様を作りました。放射状の山は、中央部や谷の海底から選んだ貝殻やサンゴのかけらで飾りました。記載者の一般向けの解説では、オスは貝殻を歯で砕き、小片を縁の土手のような構造の上に置くと説明されています。
2013年の論文の著者は、外側の放射状の山と谷、貝殻のかけらの飾り、中央に集めた細かい砂の不規則な模様の3つを、魚類でそれまで報告されていなかった特徴としています。2022年の同じ報告も、円形で溝があり、周囲に二重の土手をもつ構造物を海底に作る魚は、アマミホシゾラフグしか知られていないと述べています。
メスが訪れ、オスが卵を守る
メスがオスの巣を訪れるのが観察されたのは、構築の最終段階だけでした。産卵はペアで行われ、卵は巣の中央部に産み出されました。産卵後、オスは6日間、円の中にとどまって卵の世話をしました。記載者の解説では、卵は5日後にふ化すると説明されています。
卵の世話をしているあいだ、オスは山や谷を掘ったり手入れしたりしませんでした。そのため構造は水の流れで次第に崩れ、ほぼ平らになりました。オスは古い巣の場所には戻らず、次の繁殖では別の場所で新しい円を作り始めました。
単純なくり返しが、整った円を生む
これほど整った円を、フグはどうやって作るのでしょうか。2018年の論文によると、構築中のフグは主に海底近くにとどまっていました。大阪大学などの研究グループは、1匹のオスの掘削の動きをビデオで解析し、その規則を使った計算機のシミュレーションで外側の溝の形成を再現しました。大阪大学の発表によると、フグが掘り始めの地点に低い場所(掘り跡)を好めば、あいまいな掘削の動きからでも正確な放射状の構造ができることが分かりました。
ただし、このシミュレーションは巣作りの前半、外側の溝だけを対象にした簡略なモデルです。論文は、メスが巣の模様からオスの体の大きさを知る可能性も示唆していますが、これもシミュレーション上の結果からの推測で、野外での確認はこれからです。
円の役割は、まだ仮説
円の形には、どんな役割があるのでしょうか。2013年の論文は、模型を使った水槽の実験で、中央部の流速が構造の外より24.2%遅くなることを示しました。流れの向きにかかわらず、上流側の谷では水が中心へ向かって流れました。2022年の3Dモデルの論文は、この構造に、谷から細かい砂を取り出して中心へ導く働きがあると要約しています。
メスの選択に影響する決定的な要因は、まだ分かっていません。2013年の論文の著者は、構造の大きさや対称性、山の高さ、山と谷の数、飾り、中央の細かい砂の模様などを候補に挙げています。オスが巣を作り直す理由として、谷に複数回の繁殖分の細かい砂が残っていない可能性も考えられていますが、これも仮説です。記載者の解説は、中心部に新鮮な海水が卵に送られると説明していますが、模型の実験では中央の流れは外より遅く、この点も確かめられてはいません。2023年の総説は、巣の特徴にもとづくメスの選択の利益は、まだ測定されていないとしています。
似た円は、遠い海にも
2020年の論文によると、西オーストラリア沖の水深129〜137mで、日本のものと似た特徴をもつ円形の構造21個が記録されました。ただし、作った種は画像からは同定できていません。アマミホシゾラフグそのものの記録は、奄美大島の南岸と北部の笠利湾、加計呂麻島、沖縄島東岸の水深100mからの釣獲1例などに限られています。
よくある質問
円はひれだけで作るのですか?
いいえ。オスは胸びれ・しりびれ・尾びれを使って谷を掘りますが、写真の説明ではひれと体を使っています。巣作りの始めには、腹を砂底に押しつけて中心の印をつけます。
同じ巣を何度も使うのですか?
2013年の論文の観察では、産卵後に山や谷の手入れはされず、構造は水の流れで崩れていきました。オスは古い巣に戻らず、次の繁殖では別の場所に新しい円を作りました。
円の形は、何のためにあるのですか?
中央に細かい砂を集める働きや、メスが巣を選ぶときの手がかりになる可能性が考えられていますが、まだ仮説の段階です。メスが巣のどこを見ているのかも、分かっていません。
まとめ
海底の円は、アマミホシゾラフグのオスが7〜9日かけて作る、直径約2mの産卵の巣です。オスはひれと体を使って砂を約1万回掘り、最後に中央の砂の模様と貝殻のかけらの飾りを仕上げます。メスは完成した巣を訪れて中央で産卵し、オスは卵を守ります。
単純な掘り方のくり返しで放射状の溝ができることはシミュレーションで示されましたが、円の形がメスの選択や卵にどう役立つのかは、まだ確かめられていません。