左右のはさみに小さなイソギンチャクを1個ずつ持ち、まるでポンポンを手にしているように見えるキンチャクガニ。なぜ、はさみでイソギンチャクを持ち歩いているのでしょうか。
理由として有力なのは、身を守ることと、食べ物を得ることの2つです。19世紀の観察から、イソギンチャクの毒のある触手が捕食者よけになり、餌集めの道具にもなると考えられてきました。ただし、日本の研究者の報告では、理由について詳しいことは分かっていないとされています。「イソギンチャクで相手を殴る」という印象とは違う観察もあります。はさみに持ったイソギンチャクを2つに分ける行動の研究も含めて、SOLBOY DIVE CENTERが解説します。
イソギンチャクを握るための、はさみ
キンチャクガニの仲間(Lybia 属)は、左右のはさみにそれぞれイソギンチャクを1個ずつ持つという、ほかにない習性を持っています。この関係は、少なくともカニの側にとっては欠かせないもののようです。
イソギンチャクは、触手の下にある体の側面の中ほどをしっかり握られ、はさみの鋭い鉤が組織に少し食い込んでいます。キンチャクガニ(Lybia tessellata)のはさみのかみ合わせには小さな歯が返し状に並び、イソギンチャクを握ることに特化した形になっています。
その代わり、はさみは本来の役目を果たせません。日本の研究者は、キンチャクガニの仲間がはさみの機能を完全に犠牲にしてまでイソギンチャクをはさんでいると述べています。餌を取る役目は、よく動く口のまわりの脚(第3顎脚)や歩脚、とくに第1歩脚が担っています。イソギンチャクを取り上げられたカニも、繊細なはさみではなく第1歩脚を使って餌を集めました。
理由1:身を守るため
キンチャクガニの仲間が最初に記録された1880年には、イソギンチャクの刺胞が身を守る武器になると示唆されていました。1905年の研究者は、イソギンチャクを持たないカニは捕食者から守られず、効率よく餌を集める手段もないという2つの不利を負うと考えました。イソギンチャクの刺胞の仕組みは、クマノミとイソギンチャクの記事でご紹介しています。
ただし、これは古くからの観察にもとづく考えで、どのくらい守られているのかは数字では示されていません。
理由2:食べ物を得るため
イソギンチャクは、餌を集める道具にもなると考えられてきました。1905年の研究者は、カニがイソギンチャクを口でかむのは、イソギンチャクから餌を含む粘液を取るためだと考えました。
紅海の Lybia leptochelis(コツメキンチャクガニ)を調べた研究では、カニがイソギンチャクの食べる量を調節して成長を抑え、小さなイソギンチャクのまま保っていることが示されたと紹介されています。2017年の論文は、キンチャクガニの仲間はイソギンチャクから、栄養と身を守る面の両方の利益を得ているとしています。
「パンチ」には使っていない?
英名の「ボクサーガニ」は、はさみを体の前に構える姿勢から付けられた名前です。イソギンチャクで相手を殴っているように思えますが、観察では違う姿が見えてきました。
ハワイの Lybia edmondsoni を飼育下で観察した1998年の研究では、同じ種どうしの争いで、イソギンチャクが相手に実際に触れることは極めてまれで、偶然に近いものでした。争いの中で体が触れ合うのは、カニの仲間でふつう見られるはさみどうしではなく、歩脚どうしのようでした。1995年の総説には、イソギンチャクを武器に争う様子が写真から紹介されていますが、のちの飼育観察とは食い違っています。
なお、Lybia edmondsoni はかつてキンチャクガニ(L. tessellata)と同じ種とされていたため、古い報告では2種の情報が混ざっていることがあります。
イソギンチャクを2つに分ける
キンチャクガニの仲間が、イソギンチャクを手に入れる方法も研究されています。
2017年に紅海のエイラートで Lybia leptochelis を調べた研究では、野外で採集・観察した100個体を大きく超えるカニが、すべて Alicia 属のイソギンチャクを1対持っていました。このイソギンチャクは、カニと一緒の状態でしか見つかっていません。
実験室で片方のイソギンチャクを取り除くと、カニは残った1個を2つに引き裂きました。イソギンチャクを1個だけ持つ22個体のうち17個体が、6日以内に分割し、その動作は典型的には約20分続きました。分けられたイソギンチャクは再生し、両方のはさみに完全なイソギンチャクがそろいました。
イソギンチャクを持つカニと持たないカニを一緒にすると争いになり、ほぼ必ず、持たない側がイソギンチャクやその断片を「盗み」ました。遺伝子を調べると、1匹のカニが持つ2個のイソギンチャクは遺伝的に同一で、別のカニが持つ組どうしもほとんどが同一でした。ハワイの Lybia edmondsoni でも、イソギンチャクをゆっくり引き離して2つに分けている途中が1例観察されています。
これらは紅海の種とそのイソギンチャクでの結果で、日本のキンチャクガニで同じことが確かめられたわけではありません。
日本のキンチャクガニが持つイソギンチャク
キンチャクガニの仲間が最もよく持っているイソギンチャクは、カサネイソギンチャク(Triactis producta)です。日本のキンチャクガニが持つイソギンチャクについては、2012年まで詳しい分類の研究が行われていませんでした。
阿嘉島臨海研究所での158日間の飼育実験では、キンチャクガニが持つイソギンチャクはカサネイソギンチャクで、カニに挟まれていると形が大きく変わり、カニから外すと元の形に戻ることが示されました。一方、遺伝子の比較では、小笠原の2個体は別のイソギンチャクである可能性が高い結果でした。研究者は、キンチャクガニが使うのは、カサネイソギンチャクをはじめとする周りの環境にすむイソギンチャクである可能性が高いとしています。
イソギンチャクにとっての損得については、新しい餌場へ運ばれることや酸素が送られることが利点に、カニに餌を取られることが不利益に挙げられています。これも1905年に示された考えです。
小さなカニを見かけたら
キンチャクガニの仲間は小さなカニで、日本の記録には、甲羅の幅が8 mmほどの個体や、浅い海の石の下で見つかった例があります。もし見かけても、石をひっくり返したりはさみに触れたりせず、そのまま観察しましょう。観察のときに気を付けたいことは、海洋保護区マナーのページでもお伝えしています。
よくある質問
キンチャクガニは、イソギンチャクで相手を殴るのですか?
ハワイの Lybia edmondsoni を飼育下で観察した研究では、同じ種どうしの争いでイソギンチャクが相手に触れることは極めてまれでした。イソギンチャクで殴り合うという印象とは違う観察結果です。
イソギンチャクを失ったら、どうするのですか?
紅海の Lybia leptochelis の実験では、片方を失ったカニが残った1個を2つに分け、再生させて両方のはさみにそろえました。持たないカニは、持っているカニからイソギンチャクを奪うこともありました。
キンチャクガニとイソギンチャクは、助け合っているのですか?
カニは身を守る面と栄養の面で利益を得ると考えられています。イソギンチャクの側には運ばれる利点が挙げられる一方、カニに餌を取られる不利益もあり、単純に助け合う関係とは言い切れません。
まとめ
キンチャクガニの仲間は、イソギンチャクを握ることに特化したはさみで、左右に1個ずつイソギンチャクを持ち歩きます。理由として有力なのは、捕食者から身を守ることと、餌を集めたりイソギンチャクから餌を取ったりすることですが、詳しいことはまだ分かっていません。
ハワイの Lybia edmondsoni の飼育観察では、同じ種どうしの争いでイソギンチャクが相手に触れることはまれで、紅海の種ではイソギンチャクを2つに分けて増やすことも確かめられました。日本のキンチャクガニが持つのは主にカサネイソギンチャクと考えられていますが、ほかのイソギンチャクの可能性もあり、研究が続いています。