干潟で片方の大きなはさみを振り上げているシオマネキ。体に不釣り合いなほど大きなはさみは、何のためにあるのでしょうか。
まず、大きなはさみを持つのはオスだけです。メスは小さなはさみを左右に1本ずつ持っています。オスの大きなはさみは、メスを引きつける合図と、ほかのオスと戦う武器という2つの役目を担っていると考えられています。ただし、そのどちらが大きくなった主な理由なのかは、研究者のあいだで考えが分かれています。はさみの役割を中心に、SOLBOY DIVE CENTERが研究の内容を解説します。
なお、「シオマネキ」は日本にすむ1種(Tubuca arcuata)の和名でもあります。この記事では、仲間全体を「シオマネキ類」と呼び、研究ごとに調べた種を添えます。
大きなはさみはオスだけ
シオマネキ類のオスは、食事に使う小さなはさみ1本と、とても大きなはさみ1本を持っています。大きなはさみは、体全体の重さの3分の1から3分の2を占めることもあると紹介されています。メスは小さなはさみを2本持ち、左右の差は見られません。
2007年の論文によると、当時数えられていたシオマネキ類92種のすべてで、オスは左右どちらか一方に大きなはさみを1本持っていました。
メスへの合図として振る
シオマネキ類のオスは、大きなはさみを振り上げる動き(ウェービング)をします。求愛のときは、はさみをメスから見て水平線より上まで振り上げます。この動きはメスを巣穴へ招くだけでなく、巣穴を奪おうとうろつくほかのオスを追い払う働きもあります。
メスが相手を選ぶ基準は種によって違い、体やはさみの大きさ、振る速さや高さ、巣穴を持っているかやその質など、複数の基準が知られています。一方、捕食の危険が高い場所で求愛する Uca terpsichores を調べたパナマの野外観察では、メスが選んだオスと退けたオスで、はさみの振り方の細かな違いは見られませんでした。
オスどうしの戦いの武器として使う
大きなはさみは、オスどうしの戦いにも使われます。戦い方の細部は種によって違いますが、多くは決まった手順のやりとりが続きます。まず向かい合ってはさみを触れ合わせて押し合い、多くはどちらかが退きますが、激しくなると最後は大きなはさみを組み合わせて強く挟み合います。
シオマネキ類は干潟で雌雄が混じって暮らし、それぞれが満潮のときに逃げ込む巣穴を持っています。大きなはさみは、相手を引きつけることと巣穴を守ることの両方に使われています。
合図が先か、武器が先か
では、大きなはさみはどちらの役目のために大きくなったのでしょうか。古くは、はさみを振ることの重要さから、大きなはさみは主に合図として進化し、戦いはその結果として生まれた副次的な使い道だという考えが出されました。反対に、主にオスどうしの競争の武器として進化し、メスへの合図は威嚇の行動から副次的に生まれたという考えもあります。
2013年に南北アメリカの21種のはさみを比べた研究では、はさみが出せる力が大きい種ほど、重さのわりにはさみの見た目の大きさが小さい傾向がありました。研究者は、合図として目立つはさみと、戦いに強いはさみの間には両立しにくさがあると示唆しています。
左右どちらが大きいか
多くの種では、大きなはさみが左にあるオスと右にあるオスがほぼ半々です。ただし、右に大きく偏る種もいます。Uca vocans と Uca tetragonon(いずれも分類の見直し前の名前)では、オスの91〜99%が右側に大きなはさみを持っていました。
オーストラリアのダーウィンの干潟で Uca vocans vomeris を調べた研究では、オス423個体のうち、大きなはさみが左にあるのは6個体(1.4%)だけでした。左のオスは右のオスより戦いに加わりにくく、戦っても勝ちにくいようでした。日本でも、琉球列島のヒメシオマネキ(当時の学名 Uca marionis)のオスは、通常右側に大きなはさみを持つと報告されています。
どうやって片方だけが大きくなるのか
子どものころから片方が大きいわけではありません。シオマネキ(Tubuca arcuata)を卵からかえして育てた日本の研究では、1齢の稚ガニはすべて左右同じ小さなはさみを2本持っていました。大きくなると左右どちらかのはさみが取れて1本になり、その後、左右の大きさが違うはさみを持つ個体が増えていきました。
ただし、育ち方は種によって違うようです。ハクセンシオマネキの研究では、大きなはさみができる前にほとんどの若いオスが片側のはさみを失うものの、それは大きなはさみができるのに欠かせない過程ではないようだとされています。左右が半々の種では、稚ガニがはさみを失うと、失った側は小さな食事用のはさみとして再生し、もう一方が大きなはさみに育つことが実験で示されています。
失ったはさみは、また生える
オスは大きなはさみを自ら切り離す(自切する)ことがあります。カニの仲間は脱皮をくり返して成長し(脱皮の仕組み)、何回かの脱皮のあとに新しいはさみができます。ただ、再生したはさみは、長さは元に近くても筋肉が少ないことがあります。
2000年の Uca annulipes の研究では、再生したはさみは同じ長さの元のはさみより軽く、武器としては劣っていました。それでも見た目は大きいため、相手のオスを戦う前に引き下がらせることがあり、研究者はこれを「はったり」の合図と呼んでいます。野外の集団では、最大44%のオスが再生したはさみを持っていました。アルゼンチンで Leptuca uruguayensis を調べた研究では、再生したはさみのオスは、仲間が密集しているときには交尾で不利でしたが、まばらなときには不利になりませんでした。
大きなはさみの負担と、ほかの働き
大きなはさみを持つことには負担もあると考えられています。ただ、その大きさは一律ではありません。Uca pugilator を実験室で歩かせた研究では、ゆっくり歩き続ける間の酸素の消費量は、大きなはさみがある個体とない個体で同じでした。一方、全力で動いたあとは、はさみのある個体で疲れの指標(血中の乳酸)が高い傾向があり、激しい運動では負担が増え、回復が長引く可能性が示されました。
合図や武器以外の働きを示した研究もあります。Uca panacea に実験室で熱を当てた研究では、大きなはさみを取り除いたオスは、はさみのあるオスより体温が速く高く上がり、はさみが体の熱を逃がす役目をしている可能性が示されました。2025年に Gelasimus vomeris を模したロボットのカニを野外に置いた実験では、はさみが目立つ色の模型は、鳥の攻撃の半分をはさみに受けていました。ただし、これらはそれぞれ1種・特定の条件での結果で、大きなはさみの主な理由とは言えません。
分類の見直し
シオマネキ類は長く Uca という1つの属にまとめられてきましたが、2016年の遺伝子の研究をもとに、11の属に分けられました。いまの分類では、狭い意味の Uca 属はアメリカ大陸の種に限られます。古い論文の学名と、現在の学名が違うことがあるのはこのためです。
よくある質問
メスのはさみも片方だけ大きいのですか?
いいえ。大きなはさみを持つのはオスだけで、メスは小さなはさみを左右に1本ずつ持っています。
大きなはさみは、右と左のどちらにありますか?
多くの種では、右のオスと左のオスがほぼ半々です。ただし、オスの9割以上が右側に大きなはさみを持つ種もいて、種によって違います。
大きなはさみを失ったら、もう生えてこないのですか?
脱皮を重ねると再生しますが、再生したはさみは長さが元に近くても筋肉が少ないことがあります。Uca annulipes では、そのはさみでも見た目で相手を引き下がらせることがありました。
大きなはさみは体温を下げるためにあるのですか?
Uca panacea の実験室の研究では、はさみが体の熱を逃がす可能性が示されましたが、1種・特定条件での結果です。研究では、大きなはさみはメスへの合図とオスどうしの戦いに使われるものとして説明されています。
まとめ
シオマネキ類の片方の大きなはさみは、オスだけが持つものです。はさみを振ってメスを招き、ほかのオスを追い払い、ときには大きなはさみどうしを組み合わせて戦います。合図と武器のどちらのために大きくなったのかは説が分かれ、合図に向くはさみと戦いに向くはさみには両立しにくさがあることも示されています。
左右どちらが大きいかは種によって違い、育ち方や失ったときの再生、体温や捕食者への対応など、種ごとに分かってきたことも少しずつ増えています。