サンゴの産卵というと、たくさんのサンゴが同じ夜にいっせいに卵を放つ光景を思い浮かべる方もいるかもしれません。サンゴは、どうやって日にちや時刻をそろえているのでしょうか。
卵と精子を水中に放つサンゴでは、産卵の月・夜・時刻が段階的に決まると考えられています。月には水温の上がり方、夜には満月のあとに日没から月の出までできる暗い時間、時刻には日没が手がかりになるという見方です。ただし、どの手がかりがどれだけ効くかは種や海域で違い、同じ夜にそろわない種もあります。サンゴの産卵がそろう理由と、そろわない例を、SOLBOY DIVE CENTERが海域ごとの観察と実験を手がかりに考えます。サンゴがどんな生き物かは、サンゴは植物か動物かを説明したページをご覧ください。
どのくらい「同じ夜」にそろっているのか
多くの種が同時に産卵する様子は、オーストラリアのグレートバリアリーフで1981年と1982年に3か所で観察されました。晩春の満月から数夜後に、合わせて32種のサンゴが同時に産卵し、観察したすべての種で卵と精子が放出され、そのあと体外で受精と発生が進みました。
グレートバリアリーフでは、1つの礁で最大30種が数時間のうちに卵と精子を放ち、10月か11月の満月のあとの1週間に130種以上が産卵します。2015年の研究論文の説明では、その大半が同じ夜のおよそ30〜60分の間に産卵しています。
同じような多種の同時産卵は、インド太平洋の25か所以上で記録されています。2021年に公開されたデータベースには、101地点・61属300種以上について、産卵の日や時刻の観察6,178件が集められています。
なぜ、同じ時に産むのか
海底に固着して暮らす無脊椎動物で、卵や精子をいっせいに放つ例が多いのは、少数の群体だけが放つと卵や精子がすぐに薄まり、受精しにくくなるためだと推測されています。多くの種が一度に放つことで、食べる側が食べきれなくなるという利点の仮説もあります。
2016年に34の礁のデータを解析した研究者らも、産卵の時期は最終的に受精の成功を最大にするように決まってきた、という仮説を立てています。どれも「なぜそろうのか」を説明する仮説で、確かめられた答えではありません。
産卵の月は、水温の上がり方と関わる
サンゴでよく知られた考え方では、環境の手がかりが段階的に働き、産卵の月、夜、時刻を順に絞り込みます。産卵の月は卵や精子が成熟する時期で決まり、それには主に海水温が影響します。
インド洋と太平洋の34の礁で、ミドリイシ属のサンゴの産卵の時期と環境を比べた2016年の研究では、高い平均水温よりも、海面水温の急な上昇が、産卵の月を最もよく予測していました。比べた候補には、日射・風・流れ・雨・日没の時刻も含まれています。
石垣島と西表島の間に広がる石西礁湖では、1999〜2012年の観察で、ミドリイシ属の産卵は5月の満月の3日前から2日後に多く見られました。すべての産卵は、5月に日平均水温が26℃を超えてから起こり、それは水温が最も高くなる2〜3か月前にあたっていました。一方、水温の変化が小さいパラオでは、水温よりも日射との関係が示され、1年で日射が最大に近い時期に産卵が起こると報告されています。
30年にわたる研究を経ても、産卵を始める直接の手がかりについては議論が続いています。とくに、産卵の日と時刻の手がかりの関係はよく分かっていません。
産卵の夜は、日没後の暗い時間と関わる
月の出は、月の満ち欠けとともに毎日少しずつ遅くなり、満月の翌日からは日没よりあとになります。満月を過ぎると、日没から月の出までの間に暗い時間ができるわけです。
台湾の緑島で、Dipsastraea speciosa というサンゴを調べた2021年の研究では、野外のサンゴを満月の1日前・3日前、または満月の1日後から覆って暗くすると、覆い始めてから必ず5日後に産卵しました。研究者らは、日没から月の出までの暗い時間が、この種の自然での同調産卵の引き金になっていると結論づけ、似た産卵の型をもつ他のサンゴにも当てはまることを期待しています。
ただし、月の光の役割は種によって違う結果も出ています。グレートバリアリーフのヘロン島で採集した Acropora millepora を屋外の水槽で育てた研究では、自然の月明かりの下に置いた群体は21時30分〜22時30分ごろに産卵しましたが、夜に弱い人工の光を当てた群体と、真っ暗にした群体には、産卵の兆しがありませんでした。一方、パラオの Acropora aff. hyacinthus を調べた2025年の野外実験では、産卵前の夜に月の光がなくても同調して産卵でき、日没後の暗闇に2〜3夜以上続けて置いた群体は、対照より早く産卵しました。
時刻は、日没からの時間でそろう
産卵の時刻は日没の時刻で決まり、どれくらいあとに産むかは種によって違います。石西礁湖のミドリイシ属では、ほとんどの産卵が日没の1〜4時間後、満潮の1時間前から4.5時間後の間に起こりました。阿嘉島では、ミドリイシ属の中にも18時〜20時30分ごろの早い時間に産む種があったと推定されています。
夜ではなく朝に産むサンゴもいます。2010年に日本の研究者らがまとめた報告では、ヘラジカハナヤサイサンゴは満月の日の出のころ(午前6〜7時)に、イボハダハナヤサイサンゴは新月の日の出のころに産卵すると紹介されています。
すべてのサンゴが、同じ夜にそろうわけではない
「サンゴは初夏の満月の夜に一斉産卵する」という印象は広く知られています。同じ2010年の報告では、この印象があまりに強く、特定の時期ばかりに調査が集中したため、その時刻に産まない種が見過ごされてきたと指摘されています。日本のイシサンゴ類約410種のうち、有性生殖の情報が得られているのはおよそ130種です。
同じ報告によると、沖縄以北の海では、ミドリイシ以外の多くのサンゴが毎年下弦の月の前後に集中して産卵するのに対し、ミドリイシの多くは満月から下弦の後までの比較的長い期間に、種や群体ごとにばらばらと産卵します。インド太平洋のミドリイシ属の産卵は、満月の15日前から14日後までの広い範囲で記録されていて、そのうち56%は満月の3〜6日後に集中しています。オーストラリアと日本の7つの礁の長期記録を解析した2020年の研究では、産卵月の満月の1〜2か月前の海面水温と風速が、産卵日のずれと強く相関していました。原因を確かめるための設計ではなく、年ごとの違いを統計的に説明した結果です。
産卵が2か月に分かれる「分割産卵」もあります。オーストラリア北西岸沖のスコット礁では、10年間の観察で分割産卵が頻繁に、予測できる形で起こっていました。満月が通常の産卵月の第1週か、前の月の最終週に来ると起こり、分割産卵がなければ産卵日は毎年約10日ずつずれて、好適な季節から外れてしまいます。研究者らは、これをサンゴの繁殖の「うるう年」のようなものとみています。
フィリピン北西部のボリナオ周辺では、キクメイシ科とミドリイシ科のサンゴの産卵が3〜5月に起こると報告されています。同じ海域の Acropora hyacinthus を2014〜2016年に調べた研究では、2〜4月の2〜3か月にわたって卵や精子が放出され、主な放出は3月でした。群体どうしでそろわない産卵と、1つの群体が分けて産む分割産卵の、2つの長引く産卵が観察されています。
そろっていた産卵が崩れたという報告もあります。紅海では、過去の記録と比べて、数種のサンゴが繁殖の同調性を失っていたことが示されました。また、世界の産卵の観察2,135件と水中の光害の地図を解析した2023年の研究では、多くの属で、光害にさらされたサンゴが、光害のない礁のサンゴより1〜3日満月に近い日に産卵していました。研究者らは、夜の人工の光が、日没から月の出までの暗い時間の感じ方を変えることで、産卵の引き金を早めている可能性があるとしています。観察データの関係から考えられた可能性です。
よくある質問
日本のサンゴは、いつごろ産卵しますか?
石西礁湖のミドリイシ属では、1999〜2012年の観察で、5月の満月の3日前から2日後に多く産卵していました。沖縄以北では、ミドリイシ以外の多くのサンゴが下弦の月の前後に産卵するなど、種によって時期が違います。
フィリピンのサンゴも、同じ時期に産卵しますか?
フィリピン北西部の記録では、キクメイシ科とミドリイシ科のサンゴの産卵は3〜5月に起こるとされ、Acropora hyacinthus は2〜4月に分けて産卵していました。海域が違えば、産卵の月も変わります。
サンゴは、満月の夜に産卵するのですか?
グレートバリアリーフでは満月から数夜後に多くの種が産卵し、インド太平洋のミドリイシ属の記録も満月の3〜6日後に多く集まっています。満月の当日とは限らず、日の出のころに産む種や、新月に産む種もいます。
まとめ
サンゴの産卵は、月は水温の上がり方、夜は満月のあとの日没から月の出までの暗い時間、時刻は日没が手がかりになって、段階的にそろうと考えられています。ただ、月の光がなくても同調した種と、月の光がないと産卵しなかった種があるなど、手がかりの効き方は研究で結果が分かれています。
一方で、産卵日がばらつく種や、2か月に分けて産む群体、朝に産む種もいます。「初夏の満月の夜に一斉に」という印象は一部の例で、時期は海域と種によってさまざまです。