ハゼの仲間は、なぜ陸の上で暮らせる?干潟のトビハゼ・ムツゴロウの工夫

潮が引いた干潟の泥の上を、胸びれを使って進むトビハゼやムツゴロウ。魚なのに、なぜ水の外で暮らせるのでしょうか。

陸に出て長い時間を過ごせるのは、ハゼの仲間のうち、干潟にすむ「マッドスキッパー」と呼ばれる一部のグループです。口の中やえらぶたの内側、皮膚に細かい血管がたくさん通っていて、空気から酸素を取り込めます。体を転がして皮膚を湿らせたり、巣穴に空気をためて卵を守ったりする工夫もあります。干潟の魚たちが陸で暮らせる理由を、研究の成果をもとにSOLBOY DIVE CENTERがお話しします。

陸に上がる魚は、ごく一部

魚の中で、自分から陸に出てかなりの時間活動するのは約80種とされています。その代表が、トビハゼやムツゴロウなどの仲間で、研究者はマッドスキッパーと呼んでいます。多くは熱帯から温帯の干潟にすみ、干潟にいつもすんでいる脊椎動物は、ほぼこの仲間だけです。

ハゼの仲間の多くは水の中で暮らしています。陸で暮らせるのは、ハゼの中でも限られたグループの話です。

水より空気のほうが、酸素は多い

空気をよく溶かした水でも、水の中の酸素の濃さは空気の約30分の1しかありません。しかも干潟の泥の中は、表面の数ミリを除いて酸素がない状態です。こうした場所では、空気から酸素を取り込めることが大きな意味を持ちます。

口の中と皮膚で、空気から酸素を取り込む

マッドスキッパーの口の中とえらぶたの内側の空間、そして皮膚には毛細血管が密に分布していて、ガス交換に役立っています。口とえらぶたの内側の空間は大きく発達し、合わせた容積は体の体積の15%ほどになります。マレーシアの Periophthalmodon schlosseri を調べた研究では16%で、空気を吸うほかのハゼ(2〜4%)よりずっと大きい値でした。

その一方で、陸での生活に適応した種ほど、えらは小さくなっています。Periophthalmodon schlosseri では、えらの細い糸状の部分がまばらで短く、えらはガス交換で限られた役割しか持たないとみられています。代わりに、口の中やえらぶたの内側などの表面に、酸素が通り抜けやすい細い血管が多く分布していました。

ムツゴロウでは、口の中、えらぶたの内側、えら、皮膚のいずれの血管も、空気からのガス交換に向いたつくりをしていました。とくに目立つのが、皮膚の「呼吸乳頭」と呼ばれる部分の細かい血管です。

水中では、トビハゼが取り込む酸素の48%が皮膚から、52%がえらと口の中などからと報告されています。えらの役割が小さい Periophthalmodon schlosseri を実験室で強制的に水に沈めると、血液の酸素の飽和度は約30%まで急に下がりました。

胸びれで歩き、皮膚と目を湿らせる

マッドスキッパーは、陸では主に胸びれを使って進みます。飼育下での撮影では、胸びれを前へ伸ばす量が水中より陸のほうが大きく、陸での一歩が大きくなっていました。

乾燥への対策もあります。日本の干潟と実験室でトビハゼを調べた研究では、湿度を下げると、体を転がす「ローリング」の行動と胸びれの動きが5倍以上に増え、全身が乾く前に皮膚を湿らせていました。干潟では、陸で食べたあと1分以内に水場へ移る様子も観察されています。

西アフリカの Periophthalmus barbarus は、乾きやすい条件でまばたきを増やして目を湿らせていました。まばたきは目を守り、1回で角膜の表面の粒をきれいに取り除けました。この仲間の目は、頭の上に寄って飛び出し、空気中でも水中でもよく見えるつくりになっています。

水の中で生まれ、陸へ上がっていく

マッドスキッパーも、生まれてすぐは水の中で暮らします。日本の総説によると、ふ化後40〜50日ほどで変態して成魚の形に近づき、だんだん陸で過ごすようになります。変態の時期には、目が頭の上の方へ移り、胸びれが陸を歩くのに向いた形に変わります。

実験室でトビハゼを育てた研究では、ふ化後約30日から、水よりも人工の岸、さらに陸を好むようになっていきました。自分から陸に出るようになって約5日後には胸びれで陸を進めるようになり、さらに13日後に陸で食べ始めました。ふ化後30日ごろには、甲状腺ホルモンの量が急に増えていましたが、陸に上がることとの関係は、時期が重なっていることが分かった段階です。

巣穴に空気をためて、卵を育てる

空気を使う工夫は、子育てにも見られます。トビハゼは、空気で満たされた巣穴の中の部屋の壁に卵を産みつけます。巣穴を守るオスは、干潮のたびに新しい空気を口に含んで産卵室へ運び込み、部屋の酸素が少なくなると、この行動を増やします。卵の発生が終わると、夜の上げ潮のときに部屋の空気を巣穴の外へ出します。有明海のトビハゼの巣穴を満たす水は、酸素分圧が11±9 mmHgと低い状態でした。

ムツゴロウの巣穴を調べた研究では、夏の繁殖期には90%、越冬期には50%の巣穴に空気がたまっていて、その量は30 mLから400 mLを超えるものまでありました。この空気は、産卵室の卵にとって大切な酸素源とみられる一方、満潮時に巣穴にこもる成魚の呼吸には補助的な役割しかないかもしれない、と研究者は考えています。

干潟の魚を見守るために

日本のマッドスキッパーには、環境省のレッドリストで準絶滅危惧とされるトビハゼなど、保全に注意が必要な魚もいます。干潟では、泥の上に出てくる姿を離れた場所から見守りましょう。

よくある質問

ハゼの仲間は、みんな陸に上がれるのですか?

いいえ。ハゼの仲間の多くは水中で暮らしています。陸で長い時間を過ごせるのは、干潟にすむトビハゼやムツゴロウなど、マッドスキッパーと呼ばれる一部のグループです。

マッドスキッパーは、えらで呼吸しないのですか?

えらもありますが、陸での生活に適応した種ほど小さくなっています。代わりに、口の中やえらぶたの内側、皮膚にある細かい血管で、空気から酸素を取り込んでいます。

なぜ体を転がすのですか?

皮膚を湿らせるためと考えられています。トビハゼの実験では、湿度を下げると転がる行動が5倍以上に増え、体が乾く前に皮膚を湿らせていました。

まとめ

トビハゼやムツゴロウなどのマッドスキッパーが陸で暮らせるのは、口の中やえらぶたの内側、皮膚にある細かい血管で空気から酸素を取り込めるからです。陸に適応した種ほどえらは小さく、口の中の大きな空間に空気をためることもできます。

胸びれで歩き、体を転がして皮膚を湿らせ、まばたきで目を守り、巣穴に空気を運んで卵を育てる。干潟という、水中の酸素が少ない場所ならではの工夫が重なっています。