魚の血は、ふつう赤い色をしています。ところが南の冷たい海には、血が赤くない魚の仲間がいます。コオリウオの仲間です。赤い色のもとがない血で、どうやって体に酸素を届けているのでしょうか。
コオリウオの仲間(コオリウオ科)は、酸素と結びつくヘモグロビンをもたず、成熟した赤血球もない、知られている中で唯一の脊椎動物です。酸素は血液の液体の部分(血漿)に溶けた形で運ばれ、運べる量は赤い血の近縁の魚のおよそ1割にとどまります。その不足を、大きな心臓、多い血液量、太い血管などで補っていると考えられています。ただし、なぜヘモグロビンを失ったのかは、まだ決着していません。コオリウオの仲間の血と、酸素を届ける仕組みを、研究の結果からSOLBOY DIVE CENTERが解説します。
半透明の白い血
2025年の論文によると、ヘモグロビンがないため、コオリウオの仲間の血は半透明の白い色をしています。葛西臨海水族園の2011年の解説によると、ほとんどの魚のえらは赤やピンク色ですが、コオリウオのえらはクリーム色です。この解説では、コオリウオの仲間は16種が知られ、そのうち13種が南極半島の周辺で、水深5m程度の浅い所から1,000mを超える海底までで採集されています。
ただし、血の中に細胞がまったくないわけではありません。2020年の研究で血液を顕微鏡で調べると、コオリウオの仲間の血にも、ほかの魚と同じように白血球やリンパ球などが含まれていました。成熟した赤血球は見つかりませんでしたが、赤血球になる前の段階の細胞が少しだけ見つかっています。
コオリウオの仲間は南極だけにいるわけでもありません。2023年の論文によると、Champsocephalus esox という種は、南米のパタゴニアの沿岸やマゼラン海峡、フォークランド諸島の周辺にすんでいて、南極の仲間と同じようにヘモグロビンをもちません。
酸素は、血漿に溶けて運ばれる
赤い血の動物では、赤血球の中のヘモグロビンが酸素と結びついて運びます。コオリウオの仲間は、その代わりに、血漿に物理的に溶けた酸素だけで体に酸素を届けています。2019年と2025年の論文は、先行研究をもとに、その量が赤い血の近縁の魚の約10%、あるいは10%未満だと紹介しています。
こうした運び方が成り立つのは、すんでいる海が冷たいからだと説明されています。英国南極観測局(BAS)の解説によると、ヘモグロビンを失っても生きられたのは、とても低い水温では酸素が水によく溶けることと、ゲノムや体のはたらきのほかの適応があるためです。2020年の研究は、南大洋が約3500万年前から冷えていき、安定した氷点近くの水温と強い海流、頻繁な嵐によって、酸素が豊富でよく混ざった海になったと述べています。
2019年の論文は、ヘモグロビンもミオグロビンももたない状態が、コオリウオの仲間の分布を、主に表層の下の水温が一年中約−1.8℃で安定した南極の沖に限ってきたと考えられている、と述べています。
大きな心臓と、多い血液量
運べる酸素が少ない分を、コオリウオの仲間は体のつくりで補っているとみられます。2019年のゲノムの論文は、体の大きさの割に巨大で1回に送り出す血液の多い心臓、発達した血管のしくみ、細胞の中のミトコンドリアの数や形の変化を、その仕組みとして挙げています。骨格筋や心筋の細胞あたりのミトコンドリアの体積は、赤い血の南極の魚の約2倍です。
心臓の大きさは、比べる相手によって数字が違います。2019年の心臓の研究では、2015年に西南極半島の周辺で採集した魚を比べました。Chaenocephalus aceratus の心室の重さは体重の約0.30%で、同じ海の赤い血の Notothenia coriiceps の約0.10%の約3倍、ジャノメコオリウオ(Chionodraco rastrospinosus)は約4倍でした。同じ論文は、他の底生の魚の10倍という先行研究の値も紹介しています。別の論文は、心臓が送り出す量が他の硬骨魚の6〜15倍という値を引いています。
この研究で、心臓の周囲の構造を保った灌流標本に液体を流して1℃で調べると、コオリウオの仲間の大きな心臓は、1回により多くの血液を受け入れる一方で、赤い血の N. coriiceps より心拍数が低く、血液を送り出す先の最大の圧力も小さくなりました。これは灌流標本での実験で、自由に泳いでいる魚の測定値ではありません。
血液の量も多くなっています。先行研究によると、コオリウオの仲間の血液量は赤い血のノトテニア類の4倍で、太い動脈と毛細血管によって、全身の血管が血を流すときの抵抗は、赤い血の魚の10〜20%に下がっています。Champsocephalus gunnari の目の網膜では、最も細い毛細血管でも直径約30μmありました。推定では、コオリウオの仲間は安静時に使うエネルギーの約22%を心臓の働きに使っています。
鱗のない薄い皮膚は、皮膚から酸素を取り込むのを助けますが、酸素の取り込み全体への寄与は小さいと考えられています。
ミオグロビンもない種がいる
筋肉には、酸素をためておくミオグロビンというタンパク質があります。2019年の論文によると、ミオグロビンはヘモグロビンよりずっと酸素と結びつきやすく、細胞の中で酸素をため、広げるのを助けます。
コオリウオの仲間の中には、心臓のミオグロビンももたない種がいます。2019年の論文によると、16種のうち Chaenocephalus aceratus を含む6種がそうで、心臓のミオグロビンは仲間が分かれていく中で4回失われました。ジャノメコオリウオは、心臓にミオグロビンをもっています。なお、別の論文は「半数の種でミオグロビンを欠く」と書いていて、資料によって数が合いません。
ヘモグロビンは、なぜなくなった?
遺伝子の研究も進んでいます。2006年の研究によると、コオリウオの仲間16種のうち15種は、成魚のヘモグロビンの遺伝子の一部を失い、短くなった使えない遺伝子だけを残しています。Neopagetopsis ionah という種は、完全な形だが働かない遺伝子の組をもっていて、研究者はこれを失っていく途中の段階を示す「遺伝子の化石」と呼びました。喪失は現在の種が分かれる前に一度だけ起きたと推定されていて、2023年のゲノムの研究も、1回の欠失で説明できる可能性を示しています。喪失の時期は、約530万年前以降とする資料と、約850万年前とする資料があります。
では、なぜ失ったのでしょうか。2025年の論文は、遺伝子が失われた仕組みも、それが有利だったのか、中立だったのか、不利だったのかも、まだ分かっていないと述べています。2006年の総説は、ヘモグロビンの喪失には適応としての価値があるようには見えず、血を循環させるエネルギーの負担を増やしたとしています。赤血球の喪失を「不適応」とみる主張もあります。一方で、鉄の少ない南極の環境で、鉄を使わない方向の選択が喪失の原動力だったかもしれないという仮説も出されています。
2020年の研究は、赤血球の喪失が、地球規模と地域の海水温の急な低下の後に起き、それが南大洋の溶けた酸素を増やしたと解析しました。時期の重なりから環境のきっかけを推定したもので、原因を直接示したものではありません。赤い血のノトテニア類の Notothenia coriiceps が、薬でヘマトクリットを90%、ヘモグロビン濃度を70%下げても生き延びた実験も、祖先がこうした変化に耐えられた手がかりとして挙げられています。
2023年の論文は、酸素を溶かして運ぶ仕組みのため、コオリウオの仲間は将来の水温上昇とそれに伴う酸素の減少にとても弱いと述べていますが、これは予測で、観測された結果ではありません。
よくある質問
コオリウオの血は、水のように透明なのですか?
ヘモグロビンがないため、血は半透明の白い色をしています。ただし白血球などの細胞は含まれていて、水と同じではありません。
赤血球がなくて、酸素は足りるのですか?
血漿に溶けた酸素だけを運ぶので、運べる量は赤い血の近縁の魚の約1割です。大きな心臓、多い血液量、太い血管などで補っていると考えられています。冷たい海では酸素が水によく溶けることも、この運び方を成り立たせている条件です。
冷たい海に適応するために、ヘモグロビンを捨てたのですか?
そうとは言い切れません。研究では、喪失に適応としての価値はないように見えるという見方、不利な変化だったという見方、鉄の少ない環境が原動力だったという仮説があり、まだ決着していません。冷たい海の豊富な酸素は、失っても生きられた条件として説明されています。
まとめ
コオリウオの仲間は、ヘモグロビンと成熟した赤血球をもたない唯一の脊椎動物で、血は半透明の白い色です。酸素は血漿に溶けて運ばれ、その量は赤い血の近縁の魚の約1割ですが、大きな心臓や多い血液量、太い血管がそれを補っているとみられます。
冷たい海に豊富な酸素が、この運び方を可能にしています。一方で、ヘモグロビンを失った理由が有利な変化だったのかどうかは、研究者のあいだでも答えが出ていません。