コウイカの体の中には、白くて軽い、舟のような形の「甲」が入っています。この甲は、何のためにあるのでしょうか。
甲は、コウイカの背中側に埋まった石灰質の殻で、内部は多数の小さな部屋(気室)に分かれています。体積の大部分がすき間の、とても軽い構造で、硬い「浮きのタンク」として働きます。コウイカは部屋の中の液体を出し入れしてガスと液体の割合を変え、体の浮き沈みを調節しています。ただし、硬い殻なので深くなると水圧でつぶれるおそれがあり、種ごとにすめる深さに限りがあると考えられています。甲の役割を、SOLBOY DIVE CENTERが殻のつくりと深さの研究から確かめます。
背中に埋まった、石灰質の殻
東京大学総合研究博物館のコウイカの解剖の解説によると、コウイカは石灰化した殻(甲)を持ち、殻は体の背側に埋もれていて、外套膜を切り開くと取り出せます。殻の内部は多数の気室に分かれています。
日本の研究によると、コウイカ科の甲は石灰質で厚い長卵形をしています。コウイカ(Sepia esculenta)の成体では、背側の外套の長さと甲の長さがほぼ同じで、15〜20cmになると紹介されています。甲の形は、幼体から成体へ育ってもほぼ同じ形を保ちます。
2026年の系統の研究は、コウイカの仲間(コウイカ目)は甲という体の内部の殻を持つことで特徴づけられ、祖先の殻の部分をすべて残したまま、浮力の調節に特化した平たい部屋のある構造へ変わったと解釈しています。
9割以上がすき間の、硬い浮きのタンク
コウイカの一種 Sepia officinalis を調べた2020年の研究によると、甲は体積の約93%がすき間の、きわめて軽い多孔質の構造で、硬い浮きのタンクとして使われます。体の外側を硬い殻で覆う多くの貝の仲間と違い、コウイカの殻は体の内部にあります。
甲は90%以上がアラゴナイト(炭酸カルシウムの結晶の一種)でできた硬い構造で、魚のやわらかいうきぶくろとは違います。2015年の研究によると、Sepia officinalis の甲には3〜4.5%の有機物(キチンとタンパク質の複合体)が混ざっています。甲の背側は厚さ約0.5mmの丈夫な層で覆われ、その下の腹側に部屋の構造があります。各部屋は、水平の隔壁と膜、縦の柱と膜が複雑に組み合わさってできています。
2020年の研究は、甲の密度は1m³あたり180〜260kgしかないとしています。部屋の壁と隔壁の微細な構造は、軽いのに硬く、押しつぶされたときにも部屋が1つずつ順に壊れていくため、衝撃を吸収できるつくりでした。甲が部分的に壊れても、損傷が少しずつ局所的に進み、あとで修復されうるため、生き延びるコウイカもいると紹介されています。
液体を出し入れして、浮き沈みを調節する
甲の働きの中心は浮力の調節です。2020年の研究によると、コウイカはオウムガイと同じように、殻の中のガスと液体の比率を調節して浮力を変えることができます。過去の研究では、甲の中の液体の塩分濃度(浸透圧)を調節することで液体の出し入れを制御し、浮力を整えていることが示されているとされます。液体は、部屋の後ろの端にある部分を通って出入りします。
同じ2020年の研究は、液体を活発に出し入れするには、構造が開いてつながっている必要があり、鳥の羽のような閉じた小部屋の構造では、この働きはできないと述べています。別の2020年の研究も、コウイカは部屋の腹側の壁を通して部屋ごとに液体を出し入れし、それに伴うガスの体積の変化で甲の密度を変えると説明しています。
ただし、液体の量を浸透圧で増減させて自由に浮き沈みするという考え方には、殻を持つ頭足類全体のモデルとして、1983年の時点で矛盾点も指摘されていました。
甲で浮力を得るのは、コウイカの仲間だけ
頭足類は活発に暮らすために、体の比重を海水に近づける必要があり、いくつかの方法をとっています。1983年の日本の研究によると、殻の部屋のガスで浮力を得る方法は、体の内部に殻を持つ現生の頭足類では、トグロコウイカとコウイカの仲間にしか見られません。
多くのイカやタコは、殻をなくすか小さくして体を流線型に近づけ、発達した外套膜の動きや、肝臓にためた油脂などで浮力を得て、活発に泳いで暮らしています。イカが水を噴き出して泳ぐ仕組みは、イカの泳ぎの記事で説明しています。
ポルトガルで孵化直後の Sepia officinalis を飼育した2020年の研究では、浮いてしまって浮力の調節ができなくなった個体の割合が、絶食させた条件で最も多く、甲の重さと面積の比が下がることと結びついていました。この研究は、甲が骨格の役割も果たしているとも紹介しています。
硬い殻だから、深さに限りがある
硬い浮きのタンクには、深さの限界があります。2000年の研究によると、甲は、コウイカの属 Sepia に深さの限界を課す硬い浮力タンクです。11種59個の甲の断面を調べたところ、深い所にすむ種ほど、隔壁が厚く、柱と柱の間の空間が小さくなっていました。この2つの値から甲の強度を計算すると、ほとんどの種で、捕獲された最大の水深を正確に予測できました。
著者は、強度を高めると甲の密度が増え、浮力の働きを損なう代償があるかもしれないとしています。2020年の研究によると、Sepia officinalis は水深200m、約20気圧の水圧に耐えて生きられます。多くのコウイカは浅い海にすみますが、水深600mにすむ種も知られていて、その甲は60気圧もの水圧に耐える必要があります。
よくある質問
イカにも、コウイカのような甲があるのですか?
体の内部に殻を持つ現生の頭足類では、殻の部屋のガスで浮力を得るのは、コウイカの仲間とトグロコウイカだけとされます。多くのイカは殻をなくすか小さくし、外套膜の動きや肝臓の油脂などで浮力を得ています。
甲の中は、どうなっているのですか?
多数の部屋(気室)が重なり、隔壁と柱と膜で区切られています。Sepia officinalis では体積の約93%がすき間で、部屋の中のガスと液体の割合を変えて浮力を調節します。
コウイカは、どのくらい深くまで行けるのですか?
種によって違います。Sepia officinalis は水深200mの水圧に耐えられ、600mにすむ種も知られています。深い所にすむ種ほど、甲の隔壁が厚く、柱の間隔が狭くなっていました。
まとめ
コウイカの甲は、背中側に埋まった石灰質の殻で、体積の9割以上がすき間の、軽くて硬い浮きのタンクです。部屋の中の液体を出し入れしてガスと液体の割合を変え、体の浮き沈みを調節しています。甲は骨格の役割も果たしています。
硬い殻なので、深くなるほど水圧でつぶれるおそれが増し、種ごとにすめる深さに限りがあります。深い所の種ほど甲は丈夫なつくりになっていますが、丈夫にすると重くなるという兼ね合いもあると考えられています。