イカやタコの墨は、何からできている?メラニンの黒い墨と粘液の混合物

イカやタコが吐き出す黒い墨。あの墨は何からできていて、何のために使われているのでしょうか。

頭足類の墨は、2つの腺から出る分泌物の混合物です。墨汁嚢の墨汁腺が、メラニン(ユーメラニン)を含む黒い墨をつくり、漏斗器という腺の粘液が加わります。墨にはほかに、タンパク質や、タウリンなどのアミノ酸も含まれています。使い道としては、煙幕やおとりとして捕食者の目をくらますと考えられていますが、実験で確かめられた例はまだ限られます。墨の中身と使われ方について、SOLBOY DIVE CENTERが研究の報告を集めました。

墨は、2つの腺の分泌物でできている

2014年の総説によると、頭足類の墨は2つの腺の分泌物でできています。墨汁嚢とその墨汁腺がメラニンを含む黒い墨をつくり、もう一つの器官である漏斗器は粘液をつくる腺です。墨には相当な量の粘液が含まれ、ふつうは墨汁嚢の中にある量よりずっと多くなります。ただし、漏斗器の中身の化学分析は報告されておらず、墨の化学について分かっていることは、墨汁嚢の研究によるものです。

東京大学総合研究博物館の解説によると、コウイカでは腸の末端に墨汁嚢が付いています。墨は墨汁嚢の後ろの端にある墨汁腺でつくられ、墨汁管を通って前へ送られます。墨汁管は肛門の近くで腸につながり、墨は肛門から外に出されます。墨汁嚢はふ化の時点ですでにあるので、小さく若いうちから墨を出せます。

墨を持たない頭足類もいます。イカ・コウイカ・タコの仲間はどの目も墨汁嚢を持って墨をつくりますが、オウムガイの仲間は墨をつくりません。主に深海にすむ Cirrata と呼ばれるタコの仲間のように、墨汁嚢を二次的に失ったものもいます。

黒い色のもとは、メラニン

墨に含まれるメラニンは、ユーメラニンという種類です。メラニンは黒〜黒褐色のユーメラニンと、赤褐色〜黄色のフェオメラニンに大きく分けられ、どちらもチロシンというアミノ酸からつくられます。メラニンはアミノ酸からつくられますが、タンパク質ではありません。

コウイカの仲間(Sepia 属)では、墨汁嚢1つに約1gのメラニンがあり、メラニンは墨の湿った重さの約15%を占めます。タンパク質も重さの5〜8%を占めます。スルメイカの墨を調べた日本の研究では、イカ墨の色素の粒は主にユーメラニンからなり、粒の中にタンパク質が結び付いていました。分離した墨の粒は、平均の大きさが約300nmにそろっていました。

メラニンの長い歴史も分かっています。イギリスで見つかったジュラ紀(約1億6000万年前)の頭足類の化石の墨汁嚢から取り出した墨には、現在のコウイカの一種 Sepia officinalis とよく似たユーメラニンが含まれていました。

タウリンなどのアミノ酸も多い

頭足類の墨には、水に溶けたアミノ酸が多く含まれます。2014年の総説で紹介された6種の分析では、5種で、墨のアミノ酸の約50%以上をタウリンが占めていました。

日本のイカ4種とタコ2種の墨を比べた1998年の研究でも、イイダコを除くすべての墨で、タウリンが最も多いアミノ酸でした。アミノ酸の総量は、イイダコとマダコで墨100gあたり1,000mgを超えましたが、イカの墨では一般に少なめでした。ただし、成分の測定値は墨の採り方によっても変わるため、数字は種と方法ごとに見る必要があります。

煙幕と「おとり」

墨を出す行動は、水を噴き出して逃げる動きや、体の色を変えることと組み合わさった防御です。吐き出された墨には形の違いがあり、粘液の少ない、広がった黒い雲と、粘液の多い黒いかたまりがあります。かたまりは頭足類の姿に似ることが多く、擬似体(pseudomorph)と呼ばれます。墨汁嚢と漏斗器の分泌物の割合によって、雲から擬似体、細長いロープ状まで、墨の形が変わると説明されてきました。

墨の雲は、その陰に隠れたり逃げたりするための煙幕になりうると考えられています。擬似体は墨を出した本体の姿をまねて捕食者の注意を引き、逃げる時間をかせぐのかもしれません。イカの泳ぎ方はイカの泳ぎの記事で、タコの体色の変化はタコの擬態の記事で取り上げています。

ただし、2014年の総説は、墨の防御を実験で調べた研究は少なく、実験室での再現に限られているとしています。その一つ、Doryteuthis pealeii の墨を使った実験室の研究では、墨の雲がヒラメの仲間の接近を主に見た目の効果で妨げ、墨をつけた餌では、墨の化学的な性質がナマズの仲間とヒラメの仲間の食べる段階に影響しました。魚を嫌がらせる働きの大部分は、メラニンの粒の部分にありました。

観察で記録された、墨の使われ方

フランス領ポリネシアで、保護されていたウミガメ(Chelonia mydas)の子ガメと小さなタコ Octopus bocki を水槽で一緒にした観察では、タコが出した墨は、タコと同じくらいの大きさの暗褐色のかたまりになりました。墨のかたまりに噛みついた子ガメは攻撃をやめましたが、経験のない子ガメはタコを襲って食べました。著者自身、これは偶然の機会による6回の観察で、標本数が少なく十分な対照もなかったと書いています。

スペイン北部の海でダイバーが撮影した動画には、Octopus vulgaris(日本のマダコとは近縁の別種)がアナゴの仲間に襲われ、相手の頭を包んで視界をふさぎ、墨を出す様子が記録されています。逃げたあとに墨を出した場面と、くわえられたまま墨を出した場面がありました。

墨は捕食者への対策だけに使われるわけではありません。Loligo opalescens では、自然な濃度のDOPAやドーパミンだけで、仲間が噴射して逃げる反応が引き起こされました。青森県の浅虫水族館で飼育した Sepia andreana では、オスが求愛の山場で自分の近くに広がった墨を出し、その前で特別なディスプレイをすることが観察されています。

まだ分かっていないこと

2014年の総説によると、魚を嫌がらせる物質の正体は分かっていません。墨が捕食者のにおいや味の感覚をまひさせるかについては、実験的な検証の報告がありませんでした。2025年には、サメの嗅覚の受容体に墨の成分のメラニンが強く結び付くという研究が出ていますが、これはコンピュータ上の計算で、サメの行動を調べたものではありません。

墨を出すことには負担もあります。実験室でトラフコウイカに刺激を与え続けた研究では、墨汁嚢の墨の約90%を出すことができ、墨汁嚢が再び満ちるまで約30日かかりました。その回復期間中に再び墨を出させると、死亡率が高くなりました。水中でイカやタコを驚かせたり追いかけたりして、墨を出させないようにしましょう。

よくある質問

イカの墨とタコの墨は、同じものですか?

どちらも墨汁嚢のメラニンを含む墨に粘液が加わったものですが、成分の量は種によって違います。日本のイカ4種とタコ2種を比べた研究では、アミノ酸の総量はイイダコとマダコの墨で多く、イカの墨では一般に少なめでした。

墨は、捕食者の鼻をまひさせるのですか?

確かめられていません。2014年の総説の時点で、墨が捕食者のにおいや味の感覚をまひさせるかを実験で調べた報告はありませんでした。実験室では、墨が魚の接近や食べる段階を妨げた例が報告されています。

墨を出さないイカやタコもいるのですか?

います。オウムガイの仲間は墨をつくらず、主に深海にすむ Cirrata のタコのように、墨汁嚢を失った仲間もいます。

まとめ

イカやタコの墨は、墨汁嚢の墨汁腺がつくるメラニン(ユーメラニン)を含む黒い墨に、漏斗器の粘液が加わった混合物です。タンパク質やタウリンなどのアミノ酸も含まれ、成分の量は種や採り方によって違います。

墨は煙幕や、本体に似たおとりのかたまりとして捕食者の目をくらますと考えられ、実験室では魚の攻撃を妨げた例があります。仲間への警報や求愛に使われた例もある一方、捕食者の感覚をまひさせるかなど、まだ確かめられていない働きも残っています。