イカは、胴の後ろについたひれを動かして泳いでいるようにも、水を噴き出して一気に進んでいるようにも見えます。実際には、どちらを使っているのでしょうか。
答えは、その両方です。イカは胴(外套膜)の内側に水を取り込み、漏斗(ろうと)という出口から勢いよく噴き出して進みます。そこにひれの動きが組み合わさり、どちらをどれだけ使うかは、種類や速さ、進む向きによって変わります。また、イカは胴の後ろの端を先にした向きだけでなく、腕を先にした向きでも泳ぎます。
体のつくりから噴射とひれの使い分けまで、研究で分かってきたことをSOLBOY DIVE CENTERがご紹介します。紹介する研究の多くは、アメリカの浅い湾にすむ小型のイカや、ポルトガル・アゾレス諸島沖の深場で記録されたイカなどを調べたもので、マクタン周辺の海のイカを調べたものではありません。

泳ぐための体のつくり:外套膜・外套腔・漏斗・ひれ
ミュージアムパーク茨城県自然博物館の観察教材は、イカの体の向きを、腕のある方が前、ひれのある方が後ろ、漏斗のある方が腹側と定めています。この記事でもこの向きで説明し、胴の後ろの端を「尾」と呼びます。
一般に「胴」と呼ばれる部分は外套膜(がいとうまく)といい、その内側の空間を外套腔(がいとうくう。教材では「外とう腔」とも書かれます)といいます。外套膜には、胴を輪のように取り巻く環状筋と、放射状に走る筋肉があります。漏斗は腹側にある水の出口で、断面積は比較的小さく、やわらかく曲がります。ひれは胴の後ろについた筋肉質のひれで、形や動かし方はイカの種類によって大きく異なります。
水を取り込んで、漏斗から噴き出す
2020年に発表されたイカの研究は、先行研究をまとめて、噴射の流れを次のように説明しています。
- 放射状の筋肉が縮み、結合組織の繊維が弾力で戻る力も加わって外套膜がふくらむと、頭の両脇にある取り込み口から外套腔へ水が入ります。
- 次に環状筋が縮んで外套腔の水に圧力がかかり、取り込み口が閉じます。
- 水は断面積の小さな漏斗から勢いよく押し出され、速い噴流(ジェット)になります。
水は漏斗から吸い込むのではなく、頭の両脇から入って漏斗から出ていくわけです。富山県総合教育センターの中学校向け解剖教材も同じ流れで説明しており、北海道大学の発表資料はこの泳ぎ方を「ジェット推進」と呼んでいます。
水を一方へ勢いよく押し出すと、イカの体はその反対の向きへ進みます。アメリカ・バージニア州の湾で採集した小型のイカ、Lolliguncula brevis(以下L. brevis。英語名brief squid。ヤリイカ科で、低塩分の河口域にも入る浅場のイカ)を調べた2001年の研究は、外套膜が縮む段階で推力が生まれるとし、その推力を、噴き出す水の速さと一定時間に噴き出す水の量から計算しています。
噴射は「ふくらませて取り込む」「縮めて押し出す」の繰り返しなので、水を取り込んでいる間は噴射による推力がありません。また、外套膜のふくらみと縮みは絶えず続いていて、えらに水を通す働きも担っています。胴の動きのすべてが、進むための噴射とは限らないのです。
漏斗の向きを変えて、前にも後ろにも進む
漏斗はやわらかく、体の下側の半球の範囲で噴流の向きを変えられます。2020年の研究は、これによってイカがさまざまな方向へ進めると説明し、2025年の研究も、イカは多くの魚と違って前後どちらの向きにも泳げ、向きを定めた強い噴射でほぼ全方向へ素早く加速できるとしています。
L. brevisを調べた2016年の研究は、イカは噴射とひれを使って、腕を先にした向き(前進)と尾を先にした向き(後退)の両方で泳ぐと述べ、その両方の向きの泳ぎを計測しています。腕を先にした泳ぎは野外でも飼育下でもよく見られ、獲物を捕まえるときの主な泳ぎ方だとする先行研究もあります。
ただし、速さによって向きの選び方は変わります。L. brevis 32個体(背側外套長、つまり胴の背中側の長さ1.8〜8.9cm)を流れのある水槽で泳がせた2001年の研究では、ある速さを超えると尾を先にした向きだけで泳ぐようになり、その速さ(移行速度)の平均は秒速9.0〜15.3cmでした。腕を先にしたまま水平に後ろへ推力を出すには、漏斗をおよそ180度曲げる必要があります。著者らは、漏斗を曲げずに済む尾を先にした泳ぎが、速いときには有利なのだろうと推測しています。
2022年にL. brevisの旋回を調べた研究では、向きを変えられる噴射がほとんどの旋回の主な原動力でした。ひれと、竜骨のような膜(キール)のある腕は、補助的ながら重要な役割を果たしていました。
ひれの役割は、速さと向きで変わる
2010年の研究は、ひれの形や動きがイカの種類によって大きく異なり、移動の中での役割はよく分かっていない、という点から出発しています。

ゆっくり泳ぐときは、沈まないための力にも
L. brevisは水より重く、何もしなければ沈んでいくイカです。2001年の研究では、ゆっくり泳ぐとき、外套膜と腕を水の流れに対して大きく傾け、噴流を下向き(50度を超える角度)に出し、ひれを動かして、体を持ち上げる力(揚力)を生んだり姿勢を安定させたりしていました。著者らは、噴流を下向きに出して高さを保つ方法は効率が悪いと述べており、低速ではひれがとても活発に動いていました。
同じ研究では、ひれは持続して泳げる速さの範囲の50〜95%で使われていました。秒速3〜6cmの低速で、沈まないために必要な上向きの力のうち、ひれが最大83.8%をまかないうると推定されています。ただし、ひれの力を直接測った値ではなく計算による推定で、別の計算方法では28.4〜78.6%でした。
速くなると、ひれをたたむ
速く泳ぐときのL. brevisは、水の抵抗を減らすために体の傾きを小さくし、尾を先にして泳ぎました。このとき、ひれの動きは速くなるにつれて減り、ある速さに達するとひれを外套膜に巻き付けたままになりました。著者らはこのイカを、ゆっくり泳ぎ、移動にひれを大きく頼り、体の大きさによって泳ぎ方を使い分けるイカだとまとめています。一方、秒速50〜100cmほどでよく泳ぐIllex illecebrosusやLoligo opalescensは、ひれを主に機動や舵取りに使うとする先行研究も紹介されています。ひれへの頼り方は、種類によって違うのです。
向きによっても役割が変わる
低速のL. brevisを調べた2010年の研究では、尾を先にして泳ぐときのひれは、遅いうちは主に姿勢を安定させ、速くなるにつれて進む力を生む役割へ移り、その間ずっと揚力を生んでいました。腕を先にして泳ぐときは、主に揚力を担い、進む力を出す役割は小さくなっていました。
2016年の研究では、まっすぐ泳ぐときの推力の大部分はおおむね噴射が生み、その割合は速くなるほど高まりました。ひれは、1秒に背側外套長の4.5倍を超える速さでは推力を出さず、前後どちらの向きでも、1秒に背側外套長の2倍未満の低〜中速では、沈む力を打ち消す揚力を一貫して出していました。
2001年の「最大83.8%」と2016年の「推力の大部分は噴射」は、力の向きも速さも調べ方も違う結果で、矛盾しているわけではありません。どちらか一つの数字だけで、イカの泳ぎを「ひれ中心」「噴射中心」と決めることはできません。
野外のイカは、時間の多くをどう泳いでいたか
2025年の研究は、ポルトガル・アゾレス諸島のファイアル島沖で、2023年5月にLoligo forbesii(英語名veined squid)5個体(背側外套長34〜52cm)に記録計を付け、計164時間の動きを調べました。昼はおおむね水深約250m付近にいたイカです。
その記録では、時間の66%が、ひれの波が順番に伝わっていく振幅の小さなひれ主体の動きで、振幅の大きなひれや噴射の動きは時間の4%とまれでした。著者らは、イカがエネルギーのかからない動き方をよく選んでいることを示唆すると述べ、ひれを使う泳ぎが噴射だけより経済的な理由として、ひれが姿勢を安定させ、外套膜に水を取り込んでいる間も前向きの推力を出せることを挙げています。一方、強い動きのときには、ひれは噴射と連携して使われることが多く、ひれを打ち下ろすのは外套膜が縮む直前らしいと推定されています。
ただし、これは1種・5個体の、海山周辺の深場での記録です。振幅の小さな動きにも噴射が関わる場合があり、論文の中でも両者は分けきれていません。同じ研究が述べるように、現在生きている頭足類(イカやタコの仲間)で噴射の仕組みを手放したものはなく、イカはそのうえに、別の推進器として多様な筋肉質のひれを発達させてきました。
逃げるときは、漏斗から一気に噴き出す
2020年の研究は、外套腔の水を漏斗から一気に押し出す逃避噴射を、頭足類が一生を通じて捕食者から逃れるうえで中心的な手段だとしています。北海道大学の発表資料も、イカは捕食者などの接近を感じると、漏斗から水を何度も噴き出して、できるだけ早く危険から逃げると説明しています。同じ2020年の研究によると、潜ったり隠れたりできる多くのタコや海底近くで暮らすコウイカと違い、多くのイカは一生を通じて海の中層で暮らし、捕食者があらゆる方向から近づいてきます。タコが周りに溶け込んで身を隠す仕組みは、タコはなぜ岩そっくりになれる?色や模様を変える擬態の仕組みで紹介しています。
生まれたばかりのイカは、上下にはねるように泳ぐ
泳ぎ方は成長の段階でも変わります。2018年の研究は先行研究をまとめ、ふ化したばかりのイカはひれが未発達で、量が多く速度の遅い噴射を主に使うと説明しています。2種のイカを成長段階ごとに比べた2008年の研究でも、ふ化して間もないイカ(パララーバ)は、主に上向きの回数の多い遅い噴射で、水中を上下にはねるように動いていました。日本のスルメイカのふ化幼生を深さ150cmの円柱水槽で観察した2012年の研究でも、外套膜が縮むときに上昇し、ふくらむときに沈む動きを繰り返し、水平に泳ぐ個体は見られませんでした。
ひれの役割は、成長とともに大きくなっていきます。同じ2018年の研究でDoryteuthis opalescensを飼育したところ、ふ化15日以降にひれの成長が進み、外套長約6mm(ふ化後35日超)で、体の形・泳ぐ力・行動がはっきり変わりました。
泳ぐ姿を見るときの心構え
イカが漏斗から水を何度も噴き出すのは、危険から逃げるときの手段でもあります。海でイカを見かけても、泳ぎ方を確かめようと追いかけたり、触れたり、驚かせたりせず、距離をとって静かに見守りましょう。海の生き物との接し方は、セブ島ダイビングの海洋保護区マナーでも紹介しています。

生き物の動きの理由を知って海へ
体のつくりと動き方を知っておくと、水中で目にする動きの一つひとつに理由が見えてきます。セブ島のダイビングで見られる魚や海の生き物は、当店の海の生き物の紹介ページにまとめています。体験ダイビングとファンダイビングの詳しい内容は各ページでご覧いただけます。日程などのご相談はLINEからお寄せください。
よくある質問
イカは後ろ向きにしか泳げないのですか?
いいえ。イカは腕を先にした前進と、尾を先にした後退の両方で泳ぎます。漏斗の向きを体の下側の半球の範囲で変えられることが、理由の一つです。ただし、L. brevisの水槽実験では、ある速さを超えると尾を先にした向きだけで泳いでいました。
水は漏斗から吸い込むのですか?
いいえ。外套膜がふくらむと、頭の両脇にある取り込み口から外套腔へ水が入ります。外套膜が縮むと取り込み口が閉じ、水は漏斗から勢いよく出ていきます。
ひれは向きを変えるためだけに使われているのですか?
そうとは限りません。L. brevisでは、ひれは沈まないための揚力、姿勢の安定、前へ進む推力を、速さや向きによって担い分けていました。一方、速く泳ぐ別の種ではひれを主に機動や舵取りに使うとする先行研究もあり、役割の重さは種類によって違います。
イカは普段、噴射とひれのどちらで泳いでいるのですか?
種類や速さによって違い、どちらか一方とはいえません。L. brevisの水槽実験では、まっすぐ泳ぐときの推力の大部分は噴射でした。アゾレス諸島の深場でLoligo forbesii 5個体を記録した野外研究では、時間の66%がひれ主体の小さな動きでしたが、強い動きではひれと噴射が連携していました。
まとめ
イカは、外套膜をふくらませて頭の両脇から外套腔へ水を取り込み、外套膜を縮めて漏斗から噴き出すことで進みます。漏斗は体の下側の半球の範囲で向きを変えられるため、腕を先にした向きでも、尾を先にした向きでも泳げます。
そこに加わるひれは、沈まないための揚力、姿勢の安定、前へ進む推力を担い、その重みは種類や速さ、向き、成長の段階によって変わります。噴射とひれのどちらか一方だけで泳いでいるのではなく、その組み合わせ方の幅にこそ、イカの泳ぎの奥深さがあります。