魚は、傷ついたときに痛いと感じているのでしょうか。表情や声で伝えてくれない魚について、この問いに答えるのは簡単ではありません。
研究で分かってきたのは、ニジマスなどの魚に、ほかの脊椎動物と似た「有害な刺激を感じ取る神経(侵害受容器)」があり、有害な刺激を受けると行動や体の反応が変わる、ということです。一方で、それが人の感じるような「痛み」の体験なのかどうかは、研究者の間で結論が分かれています。何が分かっていて、どこで意見が分かれているのかを、両方の立場の研究からSOLBOY DIVE CENTERが取り上げます。
「痛み」と「有害な刺激を感じ取ること」は別のもの
まず、言葉の整理から始めます。国際疼痛学会(IASP)が2020年に改訂した定義では、痛みは「実際の、または潜在的な組織の損傷に伴う、あるいはそれに似た、不快な感覚的・情動的体験」とされています。定義の注記は、痛みと侵害受容は別の現象で、感覚神経の活動だけから痛みがあると推定することはできない、としています。同時に、言葉で説明できないことは、人や人以外の動物が痛みを経験する可能性を否定しない、とも書いています。
侵害受容とは、組織を傷つける有害な刺激を検出することで、刺激から体を引っ込めるような反射を伴うことがあります。痛みを感じないとする立場の論文は、侵害受容を、意識される感覚を伴わずに神経が活動する過程と定義しています。人では、有害な刺激が侵害受容器で電気の信号に変えられ、脊髄や視床を経て大脳皮質まで届いて、痛みとして感じられると説明されています。
ニジマスの頭にある侵害受容器
魚の侵害受容器を詳しく調べた研究の多くは、ニジマスを対象にしています。2003年の研究では、ニジマスの頭の三叉神経から、ほかの脊椎動物で知られるものと似た性質を持つ「ポリモーダル侵害受容器」が見つかりました。この受容器は、機械的な圧力、40℃を超える熱、1%の酢酸という有害な物質に反応しました。
2007年の研究では、ニジマス39尾の頭から記録した121個の受容器のうち、17個がポリモーダル侵害受容器、22個が機械的な刺激と熱に反応する侵害受容器、18個が機械的な刺激と化学物質に反応する受容器でした。調べた120個の受容器は、どれも+4℃から−7℃の冷たさには反応せず、冷たさを感じ取る侵害受容器はないと示されました。
神経の線維の割合にも違いがあります。2019年の総説によると、ニジマスでは、哺乳類で痛みに関わる「C線維」の割合が4〜5%で、陸の脊椎動物(約50〜65%)より少なくなっています。ただし同じ総説は、ニジマスでは「Aδ線維」がポリモーダル侵害受容器として働き、哺乳類のC線維と同じ働きをしていると説明しています。なお、サメやエイの仲間では、侵害受容器はまだ確実には見つかっていません。
有害な刺激で、行動はどう変わるのか
2003年の研究では、ニジマスの唇に有害な物質を与えると、えらぶたを動かす回数と、えさを再び食べ始めるまでの時間が大きく増え、ふだん見られない行動も現れました。著者らは、行動と体の反応が長い時間影響を受けることから、不快を感じていることが示唆されるとしています。
2019年の総説は、こうした研究をまとめて、ニジマスのふだんの摂餌が、無害な食塩水を注射した魚と比べて約3時間止まることがあると紹介しています。また、痛みを生じうる出来事のあと、魚では活動の低下、体をかばう行動、ふだんの行動の停止、呼吸数の増加、異常な行動などが起き、これらは鎮痛薬で防がれるとしています。痛みを与えたとされる刺激を受けると、同時にこなす別の課題の成績が下がることも報告されています。
「痛みを経験する可能性は高い」とする立場
魚の侵害受容を研究してきた Sneddon は、2019年の総説で、魚が痛みを経験する可能性は非常に高いことを示す十分な証拠があると結論しました。2015年の総説では、硬骨魚が哺乳類に似た侵害受容器を持ち、痛みに関係する体と行動の変化を示し、それが鎮痛薬で減り、痛みの刺激で脳の活動が高まることが示されたとまとめています。2009年の総説では、人の場合の基準である「主観的な体験を直接測ること」を動物の痛みの定義に含められないと認めるなら、魚は動物の痛みの基準を満たす、と条件をつけて述べています。
2015年の Brown の総説も、証拠を見直すと、魚がほかの脊椎動物と同じように痛みを経験することが強く示唆されるとしています。ただし Sneddon 自身も、人以外の動物が、反射ではなく、痛みの中心である不快や苦しみを経験できるかについて、議論はまだ続いていると書いています。
「痛みを経験する可能性は低い」とする立場
反対の結論を出す研究者もいます。Rose らの総説(2012年にオンライン公開)は、哺乳類で最も多く、人の激しい痛みのもとになるC線維の侵害受容器が、硬骨魚では少なく、調べた範囲のサメ・エイの仲間にはないと指摘しました。そのうえで、魚が痛みを感じるとする研究は、意識されない侵害受容と意識される痛みを区別する方法に欠陥があり、結果がしばしば誤って解釈され、再現できないと批判しています。魚の手術に関する多くの文献では、魚は手術の直後か、まもなく、ふつうに食べて活動しているとも書き、魚が痛みを経験する可能性は低いと結論しました。
2015年の Key の論文は、魚は有害な刺激に反射的に、限られた行動で反応しているという見方をとります。魚の脳の外套と呼ばれる部分には層の構造がなく、意識に必要だと著者が考える神経の特徴を欠くので、魚は痛みを感じないと結論しました。ただし同じ論文も、魚の外套の一部は人の大脳新皮質にあたると考えられているが、確かなことには議論が残ると書いています。
2019年の Browman らの論文は、倫理の議論と科学の議論を分けて考えるべきだとし、水生動物に法的な保護を広げるかどうかは社会の選択だと述べています。この論文の著者には、Rose と Key も含まれています。
どちらの研究にも残る課題
その後も研究は進んでいます。Rey Planellas らの2026年の総説は、刺激と結びつけて学習する行動や、鎮痛薬で反応が減ることなどを、単なる反射にとどまらない痛みの知覚を支持する証拠として取り上げています。一方で、魚の種類や条件を変えて再現した研究はまだ少なく、すべての魚へ一般化するのは難しいとも述べています。
よくある質問
魚は痛みを感じるのですか?
痛みの体験を支持する研究がある一方、すべての魚に同じように当てはまるかなど、分かっていない点もあります。2026年の総説は、学習する行動や鎮痛薬の効果などの証拠を紹介しながら、魚の種類や条件を変えた確認がまだ限られることも指摘しています。
魚にも、痛みを感じ取るセンサーはあるのですか?
ニジマスの頭には、熱や圧力、有害な物質に反応する侵害受容器が見つかっています。ただし冷たさに反応するものは見つかっておらず、サメやエイの仲間では侵害受容器はまだ確実には見つかっていません。
なぜ、研究者の結論が分かれるのですか?
痛みは主観的な体験で、神経の活動や行動だけからは確かめられないためです。同じ観察を、意識される痛みのしるしと見るか、意識を伴わない反応と見るか、脳の構造をどう解釈するかで、結論が分かれています。
まとめ
ニジマスなどの魚には有害な刺激を感じ取る侵害受容器があり、有害な刺激で行動や呼吸、摂餌が変わることが報告されています。ただし、痛みと侵害受容は別のものとされ、それだけでは痛みを感じているとはいえません。
魚が痛みを経験する可能性を支持する証拠は積み重ねられています。反対の見解もありますが、2026年の総説では、学習や鎮痛薬の効果などを取り上げつつ、異なる魚の種類や条件へ一般化するには確認が足りない点も示されています。