タコの吸盤は、触ったものの味も分かる?化学物質を感じ取る仕組み

岩の隙間に腕を差し入れ、吸盤で探るように動かすタコ。目で見えない場所の獲物を、どうやって見つけているのでしょうか。吸盤で触ったものの「味」まで分かっているのでしょうか。

研究からは、タコの吸盤に、触れたものの化学物質を感じ取る細胞があることが分かっています。研究者はこれを「触って味わう(taste by touch)」と表現します。ただし、これは分かりやすくするためのたとえで、私たちが舌で感じる味覚とは、関わる細胞や分子、神経の経路が違います。吸盤の化学感覚について研究で分かってきたことを、SOLBOY DIVE CENTERがお伝えします。

ここで紹介する実験の多くは、Octopus bimaculoides というタコを実験室で調べたものです。日本のマダコ(Octopus sinensis)で同じことが確かめられたわけではありません。

吸盤には、触る細胞と「化学物質」を感じる細胞がある

2020年の研究では、Octopus bimaculoides の吸盤の縁の表面から細胞を取り出し、電気的な反応を調べました。すると、押したり触れたりする刺激に反応する細胞と、獲物(魚)から抽出した成分に反応する細胞が、別々にあることが分かりました。

水槽での観察でも、吸盤が獲物ではない物に触れたとき、腕は少し探ってから、また探索を続けました。吸盤が、触れた物の化学的な手がかりを感じていることをうかがわせる行動です。

頭足類が持つ受容体「CR」

化学物質を感じ取る細胞では、化学触覚受容体(CR)と呼ばれるタンパク質が働いています。CRは、神経の信号を受け取る受容体(ニコチン性アセチルコリン受容体)から分かれて生まれた、頭足類だけが持つ受容体で、吸盤の感覚の表面に多くあります。Octopus bimaculoides は20種類を超えるCRの遺伝子を持っています。

CRが感じるのは、水に溶けにくい物質です。2020年の研究では、CRは獲物から抽出した成分や頭足類の墨に反応し、水に溶けにくいテルペノイドという種類の分子で刺激されました。2023年に受容体の形を詳しく調べた研究では、物質が結合するくぼみがとても油になじみやすい性質で、油っぽい物質を感じ取れるつくりになっていました。海の中で広がりにくい物質を、触れて確かめる仕組みだと考えられています。

水槽の実験では、テルペノイドの一種を含ませた面に、タコは対照の面より多く触れ、1回に触れる時間は短くなりました。

「味」と同じではない

では、タコは吸盤で私たちと同じように「味」を感じているのでしょうか。2020年の研究で25種類の化合物を試したところ、CRは一般的なにおい物質や味の物質のほとんどに反応しませんでした。例外は、苦味のある物質の一つ(クロロキン)だけでした。

2023年の総説は、頭足類の「触って味わう」感覚は有用なたとえだとしたうえで、脊椎動物やほかの無脊椎動物の味覚とは、関わる細胞・分子・神経の経路が異なると述べています。この感覚は、ごく近くにある化学的な手がかりを、物の表面を探って感じ取ることに特化しています。

同じ頭足類でも、イカは少し違います。2023年の研究では、タコとイカはどちらもCRを使いますが、受容体の形の違いから、それぞれの暮らし方に合った物質を感じていました。待ち伏せで狩りをするイカのCRは、水に溶ける苦い物質を感じ取ります。CRはタコ・イカ・コウイカの仲間以外には見つかっておらず、古い系統のオウムガイにもありません。

表面の微生物から、獲物や卵の状態を知る

2025年には、タコが何を手がかりに獲物や卵を見分けているのかを調べた研究が発表されました。獲物として使ったシオマネキ類の一種の甲羅は、生きているときは微生物がまばらでしたが、腐りかけると細菌に覆われていました。

獲物や卵の表面にいる細菌から取り出した分子は、それぞれ少しずつ違う形で、1種類のCRに結合しました。タコは、培養した微生物を付けた人工の面を区別して探り、とくに腐ったカニや捨てられた卵に由来する微生物で、その違いがはっきり表れました。卵を抱いている母ダコに、微生物由来の分子を付けた人工の卵を与えると、対照の人工の卵より早く捨てました。触れた表面の微生物がつくる物質から、獲物が新鮮か、卵が健康かといった状態を知っている可能性があります。

腕の神経が、吸盤の情報を処理する

タコの腕には、脳より多くの神経細胞が分布しています。腕の神経節は運動と感覚の情報を処理し、その場での信号処理によって、腕や個々の吸盤がある程度自律的に動けるようにしています。

2025年の研究では、腕の神経の束が節に分かれ、吸盤ごとに対応する地図のような構造をつくっていることが示されました。吸盤の柄にある神経節は、感覚と運動の両方の要素を持ち、単なる中継ではなく、吸盤ごとの反射を担っているのではないかと示唆されています。総説によると、CRを刺激する物質には、切り離された腕でもはっきりした反応が起こります。

また2025年には、別の種(Octopus rubescens)が水の中のにおいの流れをたどって餌を見つけることを調べた研究があり、研究者は、吸盤が化学物質に導かれる行動の主な感覚器官だという考えを支持する結果だとしています。

タコに出会ったら

海の生き物の紹介ページでもお伝えしているとおり、ハウスリーフではタコに出会えることもあります。岩陰で腕を動かしているタコを見かけても、手を差し出して触らせたりせず、離れた位置から観察しましょう。色や形を変えて周りに溶け込む擬態については、タコの擬態の記事でご紹介しています。

よくある質問

タコは吸盤で、私たちと同じように味を感じているのですか?

同じではありません。吸盤には触れたものの化学物質を感じ取る細胞がありますが、関わる細胞や分子、神経の経路は私たちの味覚と異なります。研究で調べた受容体は、一般的な味の物質のほとんどに反応しませんでした。

吸盤は、どんな物質を感じ取るのですか?

Octopus bimaculoides の研究では、水に溶けにくいテルペノイドなどの物質や、獲物から抽出した成分、頭足類の墨に反応しました。表面の微生物がつくる分子にも反応し、獲物や卵の状態の手がかりにしている可能性が示されています。

イカの吸盤も同じ仕組みですか?

イカも同じ仲間の受容体を持ちますが、形の違いから感じる物質が違います。待ち伏せで狩りをするイカの受容体は、水に溶ける苦い物質を感じ取ります。

まとめ

タコの吸盤には、触れたものの化学物質を感じ取る細胞があり、頭足類だけが持つ受容体(CR)で、水に溶けにくい物質を確かめています。研究者が「触って味わう」と呼ぶこの感覚は、私たちの味覚とは仕組みが違い、近くの表面を探って化学的な手がかりを得ることに特化しています。

表面の微生物がつくる物質から獲物や卵の状態を見分けている可能性も示され、腕の神経が吸盤ごとの情報を処理するつくりも明らかになりつつあります。研究の多くは Octopus bimaculoides を実験室で調べたもので、ほかのタコでの確認はこれからです。