鏡を見た魚は、そこに映っているのが自分だと分かるのでしょうか。
ホンソメワケベラという魚を水槽で調べた研究では、鏡に映る姿を自分だと認識していると解釈できる結果が、繰り返し報告されています。ただし、これは1種の水槽実験の結果で、魚全般に当てはまる話ではありません。また、その結果が自己意識を示すのかどうかは、研究者の間で議論が続いています。実験の内容と、それをめぐる批判と反論を、SOLBOY DIVE CENTERが並べて見比べます。
鏡の自分を確かめる「マークテスト」
鏡に映った像を自分だと認識する能力(鏡像自己認知)は、種を超えて認知の重要な指標と考えられています。これを確かめる方法として考え出されたのが、マークテストです。チンパンジーを麻酔で眠らせている間に、自分では直接見えない場所に赤い染料を付けると、目覚めたチンパンジーは鏡を見ながらその場所に触れます。人の乳児では、生後18か月までにおよそ65%がこのテストに合格すると紹介されています。
初期の研究で合格したのは、大型類人猿、ゾウ、イルカ、カササギだけでした。2019年の時点で、鏡像自己認知は哺乳類と鳥類で報告されていましたが、ほかの大きな分類群では知られていませんでした。なお、カササギの合格の報告を厳密に追試した研究では8羽すべてで合格の反応が見られず、マークテストの結果は方法に左右されうることも指摘されています。
2019年、ホンソメワケベラの実験
大阪市立大学(現・大阪公立大学)の幸田正典さんらは、2019年に PLoS Biology 誌で、業者から入手した野生のホンソメワケベラ10尾を水槽で調べた結果を発表しました。ホンソメワケベラがほかの魚を掃除する行動は、クリーニングの記事で紹介しています。
鏡を見せると、ホンソメワケベラは、鏡像への攻撃などの社会的な反応、鏡に向けた普段と違う行動の繰り返し、鏡像をよく見ること、を示しました。チンパンジーでもホンソメワケベラでも、鏡を初めて見てから鏡像を自分と認識するまでに、こうした3つの段階があると提案されています。
次に、夜に麻酔をかけた状態で、皮膚の下に色の付いた印を入れました。すると魚は、鏡があるときに体を底にこすりつけて印を取ろうとしましたが、透明の印や、鏡がないときの色の印には反応しませんでした。鏡でしか見えない喉に印を付けた4尾のうち3尾が、鏡を見たときに喉を底にこすりつけました。著者らは論文の中で、魚がこうした行動を示したとき、それを自己認識とみなすのか、別の認知の働きによるものとみなすのか、という問いも投げかけています。
「結論は早すぎる」という批判
この報告が出るとすぐ、反論の論文が出されました。研究グループの解説では、反論の理由として、鏡像自己認知の再現実験があまりなされていないことや、調べた個体の数が少ないことなどが紹介されています。
霊長類の研究者 de Waal は、行動があいまいなことと、皮膚を物理的に刺激する印を使ったことから、この結果は鏡像自己認知には届かないと述べました。魚に付けた印は見た目だけでなく体の感覚も伴うため、この魚はサル類の水準で、類人猿の水準ではないとし、魚が鏡で自分を認識し自己意識があるという結論は早すぎると論じています。
2022年の追試:茶色の印でこする
研究グループは2022年に、同じ PLoS Biology 誌で追試の結果を報告しました。新しい14尾すべてが、茶色の印を喉に付けられると喉をこすりましたが、それは鏡があるときだけでした。茶色の印は、ホンソメワケベラの餌である寄生虫に似せたものです。青や緑の印では、こする行動は起きませんでした。
同じ印を付けた別の魚を見ても、喉はこすりませんでした。一方、印をわざと皮膚の深くに入れると、鏡がなくてもこすりました。印の入れ方によって結果が変わりうることを示す結果です。著者らは、ホンソメワケベラがマークテストに合格するという確信が高まったとしつつ、それは魚にとって意味のある印でテストした場合に限ると述べています。
2023年、写真で自分の顔を見分ける?
2023年に PNAS 誌で発表された研究では、写真を使いました。鏡を見たことのない魚は、最初は自分の写真にも見知らぬ個体の写真にも攻撃しましたが、マークテストに合格したあとは、自分の写真は攻撃せず、見知らぬ個体の写真は攻撃し続けました。自分の顔と見知らぬ個体の体を合成した写真は攻撃されず、見知らぬ個体の顔と自分の体の写真は攻撃されました。
著者らは、鏡で自分を認識する仕組みは、体の動きと鏡像の動きを照らし合わせることではなく、自分の顔の心像(頭の中のイメージ)に関係している可能性が高いと結論しました。同時に、鏡像自己認知が自己意識にとって何を意味するかは不確かで、議論があることも認めています。
心像の証拠はない、という批判と反論
この研究に対し、Morin は、魚が自分の顔の心像をつくって使ったという客観的な証拠は示されていないと批判しました。さらに、写真の実験の計26尾は、鏡に長くさらされ、麻酔をかけられて撮影されるなど、野生の魚が経験しないことを経験しており、その結果は野生の魚に一般化できないと述べています。
これに対し研究グループは、ホンソメワケベラは印を外部の寄生虫とみなして取り除こうとする動機があると考えられること、すべての魚は野生から入手し、そろえた条件で飼い、生物学的に意味のある刺激を与えたことを挙げて反論しました。
言えること、言えないこと
ホンソメワケベラの水槽実験では、鏡や写真に対して、自分を認識していると解釈できる行動が複数の実験で報告されています。研究グループはさらに、多くの動物の不合格は見落とし(偽陰性)の可能性があること、自己意識は脊椎動物の初期の共通祖先にすでにあったという新しい仮説を出しています。これらは研究グループによる提案で、まだ検証されていません。
一方で、印の付け方や結果の解釈には批判があり、自己意識を示したと言えるかは議論が続いています。ほかの魚で同じ結果が出るかは、この研究からは分かりません。
よくある質問
ほかの魚も、鏡に映る自分が分かるのですか?
まだ分かっていません。報告されているのはホンソメワケベラ1種の水槽実験の結果で、ほかの魚にも当てはまるかは、これらの研究からは分かりません。
ホンソメワケベラには自己意識があると証明されたのですか?
証明されたとは言えません。研究グループは自己意識がある方向で解釈していますが、行動があいまいなこと、皮膚を刺激する印、心像の証拠がないことなどを挙げる批判があり、議論が続いています。
なぜ茶色の印を使ったのですか?
茶色の印は、ホンソメワケベラが食べる寄生虫に似せたものです。2022年の追試では茶色の印のときだけ喉をこすり、青や緑の印ではこすりませんでした。
まとめ
ホンソメワケベラの水槽実験では、鏡を見せると喉の印をこすり、写真では自分の顔を見分けているように行動したと報告されています。研究グループは、鏡の自分を自分と認識していると解釈しています。
一方で、印による皮膚の刺激、行動のあいまいさ、心像の証拠の不足、野生の魚への一般化について批判があり、研究グループも反論しています。結果が自己意識を示すのか、ほかの魚でも同じなのかは、まだ答えが出ていない問いです。