水の中で暮らし、空気で呼吸するイルカは、どうやって眠っているのでしょうか。眠っている間に呼吸を忘れたら、おぼれてしまいそうです。
脳波を記録したハンドウイルカなどでは、左右の大脳半球の片側だけが深く眠る「半球徐波睡眠」が、睡眠の大部分を占めていました。左右の半球は交互に眠り、眠っている半球と反対側の目を閉じることが多いと報告されています。ただし、脳波で調べられたのは少ない種と個体で、多くは飼育下の記録です。起きている側の脳が呼吸を担当している、といった説明も確かめられてはいません。イルカの眠り方を、SOLBOY DIVE CENTERが脳波と行動の研究からお話しします。
片側の脳だけが眠る
イルカが片目を閉じ、片目を開けて眠ると記したのは、1964年の Lilly でした。その後、1973年に黒海の沿岸で行われた夏の野外研究で、ハンドウイルカ4頭の脳波が初めて記録されました。
2008年の総説は、それまでに調べられたクジラ・イルカの仲間(鯨目)のすべてで、片側の大脳半球だけが徐波睡眠(深い眠りの状態)になる「半球徐波睡眠」が見られるとまとめています。ただし、この時点で睡眠が生理学的に調べられていた鯨類は5種でした。
最もよく調べられたハンドウイルカでは、左右の半球がそれぞれ1日に約4時間の徐波睡眠を示します。飼育下で脳波を記録した4種(ハンドウイルカ6頭など)の記録では、半球徐波睡眠が総睡眠時間の70〜90%を占め、どの種でも左右の半球で交互に現れる傾向がありました。2016年の総説は、ハンドウイルカは時間のおよそ3分の2を両方の半球が起きた状態で、残りの約3分の1を半球徐波睡眠で過ごしたという研究を紹介しています。
眠りながら、呼吸を続ける
水中で眠る空気呼吸の動物は、定期的に浮上して呼吸し、肺に水を吸い込まないようにしなければなりません。Lilly は、イルカは呼吸のために目を覚ますと考えましたが、その後の脳波の研究で、イルカは半球徐波睡眠の間も呼吸できることが示されました。
実験室での薬の実験では、薬で両方の半球を深い徐波睡眠の状態にすると、必ず呼吸が止まり、人工呼吸をしなければイルカは死んでいたとされています。こうした観察から、半球徐波睡眠はおもに休んでいる間の呼吸を支えるという仮説が立てられました。2019年の総説も、完全に目覚めなくても動いたり浮上したりできることが、途切れない呼吸を支えるうえで重要だとしています。
ただし同じ総説は、半球徐波睡眠の間に、起きている側の半球が呼吸を制御している証拠は、今のところ全くないと書いています。飼育下では、休んだり泳いだり水面に浮いたりしている間の息止めは4分を超えることがまれで、プールの底で休むハンドウイルカでも最長5分でした。
眠っている側と反対の目を閉じる
目の状態も調べられています。動きを制限したハンドウイルカ1頭と Delphinapterus leucas 1頭の記録では、より深く眠っている半球と反対側の目がふつう閉じていました。片目を閉じ、片目を開けている時間は、ハンドウイルカで80%、もう1頭で91%の場合に、睡眠を示していました。両目を同時に閉じることは、まれでした(時間の2%未満)。
飼育下の別のイルカ4頭の観察では、休んでいる間に位置を入れ替えると開けている目も入れ替わり、開いた目はいつも仲間の方を向いていました。ただし総説は、片目が開いていても、その動物が周りの変化を感じ取れるとは限らないと注意しています。2019年の総説は、片側の半球が起きていることが、片目を開けて見ることを助けていると考えられるとしています。
泳ぎながら休む、日本の水族館の研究
日本の3か所の水族館で飼育されていたハンドウイルカ16頭を調べた研究では、活動の少ない時間帯の行動が、底に着いて動かない「着底休息」、噴気孔を水面に出して止まる「浮上休息」、決まった経路をゆっくり泳ぎ続ける「遊泳休息」の3つに分けられました。これらの行動中は呼吸の回数が大きく下がり、少なくとも片方の目が閉じていることが多くありました。
1頭で遊泳休息するときは、周回の内側の目を閉じて壁側の目を開けていることが多く、約10分ごとに回る向きを反対にしていました。研究者らは半球睡眠を示すものと考えていますが、脳波は測っていません。ストレスや警戒の必要が高まると、着底休息や浮上休息が減り、遊泳休息が増えました。
生まれたばかりの子どもと母親は眠らない?
2005年の研究は、飼育下のシャチの母子2組とハンドウイルカの母子4組について、出産後1か月ほど、母親も子どもも典型的な睡眠の行動をほとんど示さず、障害物を避けながら24時間動き続けたと報告しました。ハンドウイルカの母親は、出産後2か月間、片目や両目を閉じることがほとんどありませんでした(24時間の0.4%未満)。
これに対して、鴨川シーワールドの母子3組を観察した2006年の研究は、呼吸のために浮上するときは両目を開けがちでも、水中で泳ぎながら休む遊泳休息の間は片目か両目を閉じていたと報告し、2005年の研究は浮上したときだけ目を見ていたため、この眠り方を見落としたと指摘しました。どちらの研究も脳波を測ったものではなく、結論は分かれています。
イルカだけの眠り方ではない
半球睡眠は、イルカだけの特徴ではありません。鳥類でも広く観察されていて、2016年の総説は、イルカのほかアシカの仲間やマナティーでも、半球睡眠によって睡眠・呼吸・体温の調節・警戒を両立できるとまとめています。
REM睡眠については、脳波を記録した鯨類で確かな証拠は得られていません。ただし総説は、見つかっていない形で存在する可能性も検討すべきだとしています。2026年の日本の総説は、半球睡眠を身につけたことやREM睡眠が少ないことは、水中で呼吸を保ち、捕食者にすぐ対応する必要と深く関係すると考えられていると書いています。
よくある質問
イルカは、いつも脳の半分ずつ眠っているのですか?
脳波を記録したハンドウイルカなどでは、片側だけの深い眠りが睡眠の70〜90%を占めていましたが、残りの時間は片側だけの眠りではありません。調べられた種と個体は限られていて、すべてのイルカに当てはまるとは確かめられていません。
起きている側の脳で、呼吸をしているのですか?
確かめられていません。半球徐波睡眠の間も呼吸できることは示されていますが、起きている側の半球が呼吸を制御している証拠は、今のところないとされています。
イルカは目を開けたまま眠るのですか?
片目を開け、片目を閉じて眠ることが多く、閉じるのはふつう深く眠っている半球と反対側の目でした。両目を同時に閉じることはまれでした。
まとめ
脳波を記録したハンドウイルカなどでは、左右の大脳半球の片側だけが眠る半球徐波睡眠が睡眠の大部分を占め、左右が交互に眠ります。完全に目覚めずに浮上して呼吸できることが、この眠り方の大切な役割の一つと考えられています。
ただし、起きている側の脳が呼吸を担当しているという証拠はなく、出産直後の母子の眠りをめぐっては研究の結論が分かれています。調べられたのは少ない種と、おもに飼育下の個体です。