マッコウクジラは、深い海へ長く潜るクジラとして知られています。空気で呼吸する哺乳類が、どうやって1,000mを超える深さまで潜れるのでしょうか。
深い潜水を支えているのは、いくつもの仕組みの組み合わせです。潜る哺乳類は筋肉に酸素をためるミオグロビンを陸の哺乳類よりずっと多く持ち、マッコウクジラのミオグロビンは、たくさんあっても固まりにくい性質へと進化してきました。深い所では肺がつぶれ、水面から持ち込んだ空気の量に合わせて泳ぎ方も変えています。ただ、ミオグロビンと体の大きさだけでは潜る力の違いを説明しきれず、分かっていないことも残ります。マッコウクジラの潜水の秘密に、記録計の研究と体の仕組みの両面からSOLBOY DIVE CENTERが迫ります。
どれくらい深く、長く潜るのか
日本の熊野灘沖では、2000年6月に、吸盤で付ける記録計がメスのマッコウクジラ1頭に取り付けられました。記録計は62時間付いていて、100mより深い潜水が74回記録されました。このクジラは、30〜45分の潜水で400〜1,200mまで潜ることを繰り返し、最大深度は昼の方が夜より深くなっていました(昼の平均859.5m、夜の平均709.3m)。
熊野灘沖と小笠原諸島沖で記録計を付けた2007年の研究では、記録された最も深い潜水は1,304m、最も長い潜水は49.6分でした。対象はすべて成熟したメスか、まだ成熟していない個体です。記録計を付けた10頭は、時間のほとんど(73.6%)を200mより深い潜水に使っていました。小笠原諸島沖では昼の方が夜より深く潜っていましたが、熊野灘沖では昼夜の違いは見られず、海域によって潜り方が違いました。
海外では、大西洋・メキシコ湾・地中海のリグリア海で37頭を調べた2006年の研究で、1頭ごとの最大深度の平均は、海域ごとに985m、644m、827mでした。平均的な潜水の周期は、45分潜って9分水面にいるというものでした。メキシコのカリフォルニア湾では、最大深度の平均は325mでしたが、ときに1,500mの潜水もありました。大きな個体では2,000mを超え、60分続く潜水があるとも紹介されていますが、これはほかの研究からの引用です。
2007年の研究は、マッコウクジラを、海の哺乳類の中で最も深く長く潜る種の一つとしています。一方、バハマで5種のハクジラを比べた研究では、アカボウクジラの仲間の2種(Mesoplodon densirostris と Ziphius cavirostris)が、体の大きさから予想されるより長く深い潜水をしていました。
筋肉にためる酸素、ミオグロビン
潜る哺乳類は、陸の動物に比べて、筋肉の細胞に酸素をためるミオグロビンを非常に多く含んでいます。2026年の日本の総説によると、クジラ類やアザラシ・アシカ類の筋肉のミオグロビンは1.0〜3.0mMで、陸の哺乳類のふつう約0.2mMより大幅に多くなっています。これはクジラ類と鰭脚類全体の値で、マッコウクジラだけの値ではありません。
ハクジラ類の種を比べた2000年の研究では、筋肉のミオグロビンの量と体重が、どちらも最大の潜水時間と関係していました。ただし、バハマの5種を比べた2017年の研究では、体重とミオグロビンの濃度で説明できたのは、最大潜水時間のばらつきの36%だけでした。ミオグロビンだけで潜る力が決まるわけではありません。
固まりにくいミオグロビンへの進化
潜る哺乳類が大量のミオグロビンを筋肉に持てる理由として、ミオグロビンの表面のプラスの電荷を高め、分子どうしが反発して固まりにくくしているという説明が提案されてきました。
日本の研究グループは、クジラの祖先のミオグロビンを推定して復元し、その性質を調べています。マッコウクジラなど現生のクジラは、約5,000万年前の陸の祖先から進化する中で、深く潜る力を身につけました。2026年の総説によると、クジラの最も古い祖先とされるパキケトゥスの推定ミオグロビンの表面電荷は+0.1で、現生のマッコウクジラでは+3.9と、プラスの電荷が段階的に増えていました。2018年の研究は、クジラのミオグロビンが、深海への適応の中で、体内の濃度を高めるために2つの異なる戦略をとったことを示しています。
潜水の反射と、つぶれる肺
潜る海の哺乳類や鳥、爬虫類では、潜ると、筋肉などへの血流を減らす血管の収縮と、それに伴う心拍の低下(徐脈)が現れることが知られています。ただし、おもに小型の鯨類の研究をまとめた2024年の総説は、呼吸による心拍の変化を考えに入れると、潜水による徐脈は、体内の酸素を使った有酸素代謝でまかなえる時間を超える潜水でしか見られないという研究があると紹介しています。
深く潜ると、肺の中の肺胞は少しずつつぶれ、ある深さより先では、血液へのガスの取り込みが抑えられると考えられてきました。鯨類では、強い水圧で肺胞がつぶれ、上がってくると再び広がります。2012年の総説は、より深く長く潜る種には、大きな体、体の割に小さい肺、多い血液量、高いミオグロビン濃度などが見られ、潜水への適応と考えられているとまとめています。
浮力に合わせて、泳ぎ方を変える
リグリア海とメキシコ湾で記録計を付けたマッコウクジラの、上昇中の滑走から浮力を推定した2004年の研究では、浮力は上の100mで強くプラスで、250〜850mでは中性に近くなると予測されました。下りるときはずっと尾びれを動かし続け、上がるときは、ひとかきしては滑る泳ぎがおもでした。
2006年の研究は、遠くまで届くエコーロケーション、効率のよい泳ぎ、潜水中の大きな有酸素の能力が、深い海での暮らしを支えていると考えています。なお、頭の中の脳油の密度を変えて浮き沈みを助けるという説もありますが、1998年の解説の時点で、この説を支持する直接の証拠は得られていませんでした。
よくある質問
マッコウクジラは、どれくらい深く潜れるのですか?
日本の熊野灘沖と小笠原諸島沖の研究では最も深い潜水が1,304m、メキシコのカリフォルニア湾ではときに1,500mの潜水が記録されています。2,000mを超えるという話もありますが、ほかの研究からの引用として紹介されている値です。
マッコウクジラは、最も深く潜る哺乳類なのですか?
「最も深く長く潜る種の一つ」とされています。バハマの研究では、アカボウクジラの仲間の2種が、体の大きさから予想されるより長く深い潜水をしていました。
潜る力は、ミオグロビンの多さだけで決まるのですか?
いいえ。バハマの5種の比較では、体重とミオグロビンの濃度で説明できたのは、最大潜水時間のばらつきの36%でした。体の大きさやミオグロビンだけで、潜る力が決まるわけではありません。
まとめ
マッコウクジラは、日本の海の記録計の研究で最深1,304m、海外ではときに1,500mの潜水が記録されています。筋肉にためる大量のミオグロビンは、固まりにくい性質へと進化してきました。
深い所で肺胞がつぶれることや、浮力に合わせた泳ぎ方も、深い潜水に関わっています。ただし、ミオグロビンや体の大きさだけでは潜る力を説明しきれず、心拍の変化などは小型の鯨類の研究が中心です。