岩や岸壁にびっしりと付くムール貝の仲間。波に洗われても、なかなか離れません。ぬれた岩の表面に、どうやってくっついているのでしょうか。
ムール貝の仲間は、足で作る「足糸」というタンパク質の糸で付着します。足は、裏側の溝と先端のくぼみを鋳型にして、何種類ものタンパク質を流し込み、数分で1本の糸を作ります。糸の先の面盤は、ドーパという成分を多く含むタンパク質で岩の表面の水を押しのけて結びつきます。足は、くぼみの中を酸性で還元的な状態にして、接着に向いた条件を作っています。ただし、接着は一つの成分だけで決まるわけではありません。足糸の作られ方と水中の接着のしくみについて、研究で分かっていることをSOLBOY DIVE CENTERがお伝えします。
「ムール貝」と呼ばれる貝たち
「ムール貝」は、料理や市場での呼び名です。日本で見られるムラサキイガイは、国立環境研究所の侵入生物データベースによると地中海沿岸が原産の外来種 Mytilus galloprovincialis で、潮間帯の岩や人工物、船の底などに足糸で付着します。2017年の論文によると、Mytilus edulis(ヨーロッパイガイ)、M. galloprovincialis、M. trossulus(キタノムラサキイガイ)の3種は殻の形がよく似ていて、かつては同じ種とされていました。北海道の在来種はキタノムラサキイガイです。
接着の研究の多くは、北米のカリフォルニア沿岸にすむ Mytilus californianus や、ヨーロッパイガイで行われています。以下で紹介する測定は、日本のムラサキイガイを測ったものではありません。
足の溝とくぼみが、糸の鋳型になる
1995年の日本の解説によると、ムラサキイガイの仲間の足は、付着する場所を探すセンサーと、足糸を作る器官の役割をあわせもっています。足はまず先端で付着に向いた表面を探して場所を決め、そこを足先で掃除します。そのあいだに、足の裏側の中央を縦に走る足溝と、その先端の陥入部に、必要なタンパク質を流し込みます。タンパク質が固まるのを待って足を離すと、完成した足糸が残ります。
2017年の総説によると、成体の足糸は1本2〜6cmで、先端の粘着する面盤、硬い先の部分、しなやかな根元の部分の3つからなります。足糸は数百本の糸の束で、根元は足の付け根の筋肉につながっています。足糸を1本作るのにかかる時間は、貝の年齢によって30秒〜8分で、若い貝ほど速く作ります。3つの腺がそれぞれ決まった量の中身を足の溝へ送り込み、糸はコラーゲンの液晶を射出成形するように作られます。タンパク質は先端側から順に出され、最後に厚さ約5μmの外皮で全体が覆われます。
ヨーロッパイガイを調べた2017年の論文では、足糸1本は3〜5分で作られ、そのあいだに10種類以上のタンパク質の部品が分泌されて、体の外で組み上がりました。ふだん1〜1.5cmの足は、足糸を作るときには元の数倍の長さに伸びます。
くぼみを押し当て、水を押し出す
面盤は、足の先端のくぼみで作られます。2015年の論文によると、足はくぼみを逆さにしたゴムのカップのように表面にかぶせて押し付け、水を押し出します。2017年の総説によると、足の先をまず表面に押し付け、くぼみの天井を持ち上げて負圧を作りますが、この吸引による付着は一時的なものです。最終的に面盤を表面に結びつけるのは、くぼみの天井の小さな孔から流し込まれるタンパク質です。
足は、外の海水から隔てた小さな部屋を作り、酸性で、イオンが少なく、強い還元状態という特別な条件の中にタンパク質を置きます。酸素で満たされた海水は強く酸化的なので、この部屋の条件が大切になります。
ドーパが表面の水を押しのける
面盤の接着で重要なのが、ドーパという成分です。1981年の研究は、ヨーロッパイガイの接着の円盤がドーパに富むことを報告しました。2011年の論文によると、M. californianus の足が岩の表面に最初に出すタンパク質 mfp-3 と mfp-5 は、それぞれ20%と30%がドーパでした。
2017年の総説が紹介する試験管の中の研究では、ドーパを含むペプチドは、鉱物の表面から水の層を追い出しましたが、ドーパの代わりにチロシンを含むペプチドではそうなりませんでした。雲母の表面を覆うカリウムイオンをリジンという成分が取り除くことで、ドーパが表面に結びつけるようになります。ドーパが表面と二か所で作る水素結合は、一か所の結合より約100万倍長く続き、一度付いたタンパク質は離れにくくなります。
ただし、ドーパは酸化されてドーパキノンになると、接着が弱くなります。2011年の論文の試験では、ドーパキノンができるとチタニアや雲母への接着が少なくとも80%下がりました。貝は、硫黄を含むタンパク質 mfp-6 を使って、酸化したドーパを元に戻しています。2017年の総説は、ムール貝の接着がドーパという一つの分子に頼っているという考えは広い誤解だとし、タンパク質の作り方や送り方、組み上がり方、固まり方の組み合わせが性能を生むと強調しています。
くぼみの中は、どのくらい酸性か
くぼみの中の酸性度は、測り方によって結果が違います。2011年の論文では、M. californianus の成体の足に分泌を起こさせ、くぼみに小さな電極を入れて測ると、pHは安静時の7.3から2分以内に平均5.8まで下がりました。一方、2015年の論文で、殻の長さ10mm未満の若い貝に色素を付けた表面の上で足糸を作らせて測ると、界面のpHは2.2〜3.3でした。海水のpHは約8です。2017年の総説は、この差を測る時期や場所の違いによるものと考えています。
試験管の中の測定では、精製した接着タンパク質の雲母への接着は、pH 3で最も強く、pHが上がると弱くなりました。酸性の条件は、ドーパの酸化を抑えて、表面に吸着しやすくする働きがあると考えられています。
海水に触れて、面盤が固まる
足が離れたあと、面盤は海水の中で固まっていきます。2020年の研究によると、M. californianus の面盤は、pH 6.7以上の海水では30分以内に液体のような状態から、力に耐える多孔質の固体に変わりました。2018年の研究によると、面盤が完全に強くなるには最長8日間、塩基性の海水が必要で、低酸素の水で固めた面盤は、接着の強さが51%下がりました。
分泌の順序は、仲間によって違います。2015年の研究によると、ミドリイガイ Perna viridis では、ドーパに富む Pvfp-5 がほかのタンパク質より先に分泌され、表面の水を押しのける下塗りとして働いていました。これは、最初に mfp-3 を出す Mytilus 属とは違う順序です。
よくある質問
面盤は吸盤のように吸い付いているのですか?
足の先が一時的に吸引で付く段階はありますが、最終的に面盤を表面に結びつけているのは、ドーパなどを含むタンパク質と表面との相互作用です。面盤の形を吸盤にたとえることはありますが、吸引でくっついているわけではありません。
ドーパだけで接着しているのですか?
いいえ。ドーパは重要ですが、2017年の総説は、ドーパ一つに頼るという考えを誤解としています。表面のイオンを取り除くリジン、酸化を防ぐ還元の働き、タンパク質の組み上がり方などが合わさって接着が生まれます。
足糸はどのくらいで作られるのですか?
研究によると、1本の足糸は30秒〜8分ほどで作られ、若い貝ほど速く作ります。ヨーロッパイガイの研究では3〜5分でした。面盤はその後、海水の中で数十分から数日かけて固まっていきます。
まとめ
ムール貝の仲間は、足の溝とくぼみを鋳型にタンパク質を流し込み、数分で1本の足糸を作ります。先端の面盤は、ドーパに富むタンパク質で表面の水を押しのけて結びつき、足が作る酸性で還元的な小さな部屋が、ドーパの酸化を防いでいます。
ただし、接着はドーパだけで決まるものではなく、多くの成分と手順の組み合わせで生まれます。研究の多くは北米やヨーロッパの種や試験管の中の測定で、pHの値も測り方で違うことに注意が必要です。