ヌタウナギの仲間は、身の危険を感じると、体からおびただしい量の粘液を出します。小さな分泌物が、海水の中で一瞬のうちに大量の粘液に変わるのです。なぜそんなに速く広がるのでしょうか。
秘密は、粘液腺から押し出される2種類の細胞の中身にあります。一つはムチンという粘る物質を詰めた小さな袋、もう一つは毛糸玉のように巻かれた1本のタンパク質の糸です。海水に触れると袋が膨らんで破れ、糸がほどけて、大量の水を閉じ込めた粘液の網ができます。こうしてできた粘液が、かみついた魚の口やえらを詰まらせる様子も、海中のビデオで記録されています。粘液のしくみと防御の観察を、SOLBOY DIVE CENTERが研究から読み解きます。
体の側面に並ぶ粘液腺
島根大学の研究者による2019年の解説によると、日本のヌタウナギ Eptatretus burgeri は、体の側面のやや腹側に一列に並ぶ粘液腺から、「ヌタ」と呼ばれる粘液を出します。ヌタは出した直後は白く、水の流れに触れると一気に大量の水を巻き込んでゲルになります。
ヌタウナギの仲間は体の両側に一列の粘液腺をもち、それぞれの腺は、糸をつくる細胞と粘液をつくる細胞をつくってためています。2016年の総説によると、刺激を受けると粘液腺のまわりの筋肉が縮み、2種類の細胞を腺の出口から海水へ押し出します。粘液腺の出口の数は先行研究で90〜200個と紹介されていますが、種によって違い、ニュージーランドの Eptatretus cirrhatus の1個体では計約85個でした。
1本の長い糸と、膨らんで破れる袋
糸をつくる細胞は、長さ約125μmの大きな細胞です。2016年の総説によると、細胞の中でつくられる糸は1本で、長さは約150mm、中央の太さは約3μmあり、両端に向かって細くなります。この糸は約500のループを単位に整然と巻かれていて、ほどけやすいようになっています。糸の長さは資料によって幅があり、2018年の論文は最大30cmと紹介しています。糸は、細胞内の骨組みになる中間径フィラメントを構成するタンパク質からできています。日本の解説では、ケラチン繊維と説明されています。
もう一方の粘液の袋は、水にさらされると膨らんで破れ、ムチンを放出します。2023年の論文によると、放出から400ミリ秒以内に、巻かれた糸がほどけ、袋が膨らんで形を変えます。その結果できる粘液と糸の網が大量の水を閉じ込めます。
ほとんどが水でできた粘液
できあがった粘液は、ほとんどが海水です。2016年の論文によると、粘液は99.996%が水で、その水は糸とムチンのあいだに物理的に閉じ込められ、一時的に保たれているだけです。2005年の研究は、この粘液がふつうの粘液分泌物よりほぼ1000倍薄く、まとまったかたまりというより、細かいふるいのように働くと考えられるとしています。粘液の弾力は主に糸が与え、ムチンは粘りを与えて、すばやい展開に役立ちます。
量の例もあります。2023年の論文が紹介する研究では、体長約45cmの太平洋のヌタウナギの仲間 Eptatretus stoutii の尾を一度刺激すると、体の体積の約7倍にあたる0.9リットルの粘液ができました。これは研究者が実験として刺激した場合の値です。
糸のほどけ方は、種によって違う
糸はどうやってほどけるのでしょうか。2010年の研究によると、海水の中で混ざった粘液の袋は膨らんで細長いムチンのひもになり、糸の束に付いて水の流れの力を伝え、引っ張って糸をほどきます。これは、大西洋のヌタウナギの仲間 Myxine glutinosa を調べた結果です。
一方、E. stoutii の糸の束は、ムチンも水のかき混ぜもない条件でほどけました。2014年の研究によると、巻かれた糸をまとめているタンパク質の「接着剤」が海水に溶け、糸にたまっていたひずみのエネルギーが解き放たれてほどけるという仮説が支持されました。別の2018年の研究によると、M. glutinosa の糸もタンパク質の接着剤でまとめられていますが、その接着剤は E. stoutii のものより海水に溶けにくいものでした。ほどけ方の違いが何を意味するのかは、まだ分かっていません。
海水の成分も関わります。M. glutinosa の分泌物を使った2018年の実験では、自然の海水に含まれるカルシウムかマグネシウムのイオンがあるときだけ、網が広がって水を十分に保てました。
かみついた魚が、むせて離れる
粘液は、実際の海でどう働いているのでしょうか。2011年の論文の研究チームは、ニュージーランド北部の沿岸3地点で、2009年3月から2010年4月にかけて、餌を付けた水中ビデオを165回、495時間以上設置しました。ヌタウナギが映ったのは67回で、水深は97〜1,162mでした。
そのうち12回の撮影で、捕食者が粘液ではっきり退けられた場面が14件記録されました。捕食者がヌタウナギの体をつかんだ瞬間、口の中に入った部分の粘液腺から粘液が噴き出し、捕食者の口とえらの部屋を満たしました。0.4秒もかからない、非常に速い防御でした。捕食者は目に見えてむせ、えらの骨を激しく動かして粘液を取り除こうとしました。ヌタウナギはどの例でも傷を負った様子がなく、多くは餌を食べ続けました。捕食者が近づいただけでは粘液は出ず、かみつくか飲み込もうとしたときに初めて出ました。退けられた捕食者がその後どうなったかは、観察されていません。
実験室の試験も、えらを詰まらせる働きを支えています。2006年の研究によると、粘液はえらを詰まらせ、えらの水の流れへの抵抗を増やしえます。2023年の別の研究によると、粘液はとても薄い濃さでも詰まりを起こし、ムチンは詰まりを、糸は強さと詰まりを保つ働きを担っていました。2006年の研究は、生きたヌタウナギは粘液を局所的な噴流として出し、体を包んで守るためには使っていないようだと述べています。
2011年の論文は、粘液の成分分析では毒の兆候は見つかっていないと紹介しつつ、毒の関与を完全には否定できないとしています。著者らは、粘液には捕食者を退けるほか、餌をめぐるほかの魚を遠ざけたり、獲物を窒息させたりする役割もあると提案していますが、これらは仮説の段階です。
よくある質問
ヌタウナギの粘液は、どのくらいの速さで広がるのですか?
研究によって幅があります。ニュージーランドの海中ビデオでは、捕食者の口を満たす防御が0.4秒もかからずに起きていました。大西洋のヌタウナギの仲間の分泌物を使った実験では、粘液は海水中で1秒未満で広がりました。
粘液に毒はあるのですか?
2011年の論文が紹介する成分分析では、毒の兆候は見つかっていません。ただし、論文は毒の関与を完全には否定できないとしています。研究の観察では、粘液はかみついた魚の口とえらを詰まらせて働いていました。
粘液の糸は、どの種も同じようにほどけるのですか?
いいえ。大西洋の Myxine glutinosa ではムチンと水のかき混ぜが必要とされる一方、太平洋の Eptatretus stoutii の糸はそれらがなくてもほどけました。糸をまとめる接着剤の溶けやすさが違うためと考えられています。
まとめ
ヌタウナギの粘液は、粘液腺から押し出された、ムチンの袋と長いタンパク質の糸が海水の中で広がってできます。袋が膨らんで破れ、糸がほどけて、大量の水を閉じ込めた薄い網が一瞬で生まれます。
ニュージーランドの海中ビデオでは、この粘液がかみついた魚の口とえらを満たし、捕食者を退ける様子が記録されました。糸のほどけ方は種によって違い、粘液のほかの役割は、まだ研究の途中です。