イセエビの仲間が、一列に並んで海底を行進する。そんな光景は、本当にあるのでしょうか。
行列で歩く様子がくわしく記録されているのは、西大西洋にすむイセエビの仲間 Panulirus argus(以下、P. argus)の秋の集団移動です。フロリダやバハマでは、秋、たいてい荒れた天気のあとに、多くの個体が一列の行列をつくって数日のあいだ同じ方向へ進みます。1973年の報告の時点では、行列やそれに似た並び方が報告されていたのは、イセエビの仲間ではこの種だけでした。行列の記録と並び方のしくみ、イセエビの仲間が触角の付け根で出す音を、SOLBOY DIVE CENTERが論文の記録から描き出します。
秋の嵐のあと、開けた海底を一列で進む
P. argus は、米国南東部の大陸棚からバミューダ、カリブ海などの西大西洋に分布しています。NOAA(アメリカ海洋大気庁)の水産部門によると、ふだんは夜行性で、昼はサンゴ礁や穴などのすみかにひそみ、夜に餌を探します。
この種の集団移動を記録した1973年の報告は、主にバハマのビミニで調査されたものです。ビミニは、マイアミの東約83kmにあるグレートバハマバンクの西の端に位置します。報告によると、集団移動では、ふだんはイセエビのいない開けた浅い海底を、鎖のような行列で横切ります。移動は数日しか続かず、そのあいだ、すべての行列がおおむね同じ方向へ進みます。ビミニでは、海岸に沿っておおむね南へ移動しました。
集団移動は秋、ふつう10月下旬から11月中旬に起こり、たいてい荒れた天気が続いたあとでした。行列は、ビミニ沖では1961・1963・1969・1971年の嵐のあとに、フロリダのボカラトン沖では1965年に観察されています。嵐のあいだ、バンクと陸棚では水温が最大5℃下がりました。集団の行列について、報告はフロリダキーズ、ボカラトン、ビミニ、グランドバハマからの確かな記録を挙げています。
行列の大きさと速さ
1969年のビミニでは2,365匹が記録され、そのうち1,638匹(69%)が行列で、449匹(19%)が岩棚の下に、265匹(11%)が群れでいました。開けた場所で観察された移動中の個体のうち、単独のものは3%未満でした。1つの行列で観察された最大の数は65匹(1971年)で、移動していた個体の20%は25匹以上の行列で動いていました。
行列の速さは、追跡から時速約1kmと推定されました。行列は、列車のように曲がるときも列を保ちました。昼間に集団の行列が見られた期間は、約5時間(1971年)から4〜5日(1969年)まででした。移動した総数は10万匹程度と推定されましたが、報告自身が、桁違いに少なく見積もっている可能性もあるとしています。覆いのない場所で休む群れは、外側を向いて腹部を寄せ合う、花のような形(ロゼット)をつくりました。
触覚を手がかりに並ぶ
1969年の論文によると、行列をつくり、姿勢を保ち、列をそろえることは、第1触角の内側の枝、歩脚、第2触角から受け取る触覚の手がかりだけで成り立ちえます。移動の時期に捕まえた個体は、室内のプールで数週間まで行列を保ちましたが、ほかの時期の個体の行列は数時間しか続きませんでした。
なぜ行列をつくるのか
行列の働きについては、いくつかの説明があります。1969年の論文は、すみかを奪われると行列をつくることから、この行動は身を守る働きをもつのかもしれないとしています。1973年の報告も、行列や群れ、ロゼットは身を守る働きをしているように見えると述べています。
もう一つは、水の抵抗です。1976年の論文によると、一列の行列で進むイセエビは、同じ速さで単独で動くイセエビより、1匹あたりの抵抗が小さくなります。このことから、行列はエネルギーを節約するという考えが提案されています。身を守る説明と抵抗を減らす説明は、どちらか一方に決まっているわけではありません。
移動そのものの目的も、はっきりしていません。1973年の報告は、状況証拠から、秋の前線にともなう嵐が集団移動の引き金となり、移動をそろえると考えました。ただし、嵐の前の穏やかな時期にもイセエビの流入があり、嵐だけが刺激ではないとしています。移動の群れは、そろって繁殖するための移動ではないようです。NOAAの水産部門は、成体が冷たく濁った水を避けて、一列に並んで深い場所へ移動すると説明しています。
道しるべについての研究もあります。フロリダキーズ沖の海中に沈めたコイルの中で個体を調べた1995年の実験では、P. argus が磁気のコンパスの感覚をもつことが示されました。この感覚は、すみかへ戻るとき、秋の移動の案内、またはその両方に働くのかもしれないと考えられています。
触角の付け根で鳴らす音
イセエビの仲間には、音を出すものがいます。日本の研究者による1988年の総説によると、イセエビ科は、成体の第2触角に発音器があるかどうかで2つのグループに分けられてきました。発音器をもつグループに、イセエビ属 Panulirus などが含まれます。
音の出し方は、触角どうしをこすり合わせるのではありません。2002年の研究によると、音を出すイセエビの仲間では、触角の関節のかみ合わせが失われ、一方向にしか動かない関節が、いろいろな方向に滑る関節に変わりました。この滑る関節で、各第2触角の付け根を、第1触角側の板にこすりつけて音を出します。この研究は、P. argus で、こする側の突起(プレクトラム)の動きと触角の筋肉の活動を測っています。
音の正体は、止まっては滑ることを繰り返す摩擦(スティック・スリップ摩擦)です。カリフォルニアにすむ別の種 Panulirus interruptus を調べた2007年の研究では、この仕組みの静止摩擦係数は平均1.7で、ゴムが硬い面を滑る場合と似ていました。突起が速く動くほど、音は大きくなる関係がありました。
日本のイセエビ Panulirus japonicus も音を出します。水産総合研究センターの研究者の解説によると、イセエビは個体どうしでけんかをしているときに触角を動かして「ギー」という威嚇の音を出し、その音は触角の付け根にある洗濯板のような組織と触角の根元をこすり合わせて生まれます。鳴き声は、パルス状の音がいくつも重なったものです。
音は、つかまれたときに役立つ
2009年の研究では、夜にタコの一種 Octopus briareus と P. argus を対面させる実験を行いました。イセエビは、タコにつかまれたときも、捕まって押さえられたあとも音を出しました。音を出すイセエビは、実験的に音を出せなくした個体より、タコから逃げる頻度が高く、捕まらずにいる時間も長くなりました。
その音がどこまで届くかを調べた研究もあります。2023年の研究は、水深3.3mの自然の浅い生息場所で、さまざまな大きさの P. argus の音を測りました。計算上、音を聞き取れる距離は体の大きさで変わり、小さい個体で14m、大きい個体で364mでした。
よくある質問
日本のイセエビも行列で歩くのですか?
行列やそれに似た並び方は、1973年の報告の時点では、イセエビの仲間では P. argus だけで報告されていました。日本のイセエビについては、標識をつけて放し再び捕まえる調査で、16日間で最長約29km移動したことが確かめられていますが、これは移動の距離の記録です。
イセエビの仲間は、どうやって音を出すのですか?
第2触角の付け根を、第1触角側の板にこすりつけて、止まっては滑る摩擦で音を出します。触角どうしをこすり合わせるのではありません。イセエビ科の中には、発音器をもたないグループもいます。
行列をつくる理由は分かっているのですか?
身を守る働きと、水の抵抗を減らしてエネルギーを節約する働きが考えられていますが、どちらか一方に決まってはいません。秋の移動そのものの目的や引き金も、はっきりしていません。
まとめ
行列で歩く姿がくわしく記録されているのは、西大西洋の P. argus の秋の集団移動です。ビミニでは、荒れた天気のあとに多くの個体が一列で開けた海底を進みました。列は、触角や脚から受け取る触覚の手がかりで保つことができます。行列は身を守ることや、水の抵抗を減らすことに役立つと考えられています。
イセエビの仲間には、第2触角の付け根を第1触角側の板にこすりつけて音を出すものがいます。P. argus では、その音がタコから逃げるのに役立つことが実験で示されています。